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2013年10月

ほっと一息  あなたのおかげです。あなたとは自然じねん,のことです

ほっと一息  深呼吸  うまい   家の周りの地球のてっぺんの場所で

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景観も馴染みになると あなた的存在になるものですね。深呼吸すると俺も生きているんだなーという気持ちになるものです。特につかれたときには。

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フクシマ  決して忘れまい  

仲間と一緒に見てきました。

日本どこにもない異様な世界にかわりはてていました。

全国3位の面積をもつ福島県

・猫・カラス・小鳥・犬がいない。動くものがない。・音もない世界って本当に不気味ですね。日本どこにもない異様な世界にかわりはてていました。(いわきから新地の浜通り

見渡す限りの雑草、まったく見えないあぜ道。かって黄金色に輝いたはずの田んぼの今をみんなでみました。

・遠くに、フクシマ第1原発の排気塔が見えながら、漁とり40年の志賀さんは、海にカモメがいなくなり、港に魚のにおいがなくなった。人がいない瓦礫の海を前に語ってくれました。それぞれに失われたものの大きさ、奪ったものの、巨大さをおもいました

◎人々を寄せ付けないままの古里。ここは原発立地町

・冨岡駅線路の上に生い茂る雑草、真っ赤にさび付いたレール、傾いたホーム・朽ちた駅舎。ここは原発立地町。駅前商店街の壊れた看板たち。人息の気配がまだ残る、繁華街と民家の惨状、 津波が根こそぎ奪った人家の跡・あと、跡・嗚呼ー・その上に蓄積した放射線、2年間人々を寄せ付けないままの古里。・持参した計測器がけたたましい音を立てた。2年間図ってきたなかで最高の線量でした。匂いを音もない。海が目との鼻の先に迫っていました。

◎請戸の悲劇

・助かるのにむざむざ置き去りにされた犠牲の多い請戸の悲劇

・まるでお城のような痕跡を残す浪江町請戸小学校校舎、被災後のむざんな姿。300人の児童たちはいま?・

上下2m断差が生じた

人が住まない楢葉町が一望できた。森の向こうにある第1原発。楢葉町の600年続いた宝鏡寺の墓地高台。高台からおりて小川に沿っていくと大断層2mの高段差ができているという。東電は原発建設にあたって断層があることを知っていたが3万年以上動いていないということで問題にしなかった。しかし今回の上下2m断差ができた事実で覆されることになった。福島原発周辺には3つのよく知られた巨大断層が走っているという。

・浜通り育ち当地の病院で働いている工藤さんがここに連れてきたわけが痛いほど伝わりました。真実を知ってほしい、事態は厳しくなっている事実を、忘れないでほしいと。

安倍首相は国を代表して  福島の状況は「The situation is under control」(状況はコントロール下にある)と発言しています・「健康に対する問題はない。今までも、現在も、これからもない」。「私が安全を保証します。状況はコントロールされています」。「汚染水は福島第一原発の0.3平方キロメートルの港湾内に完全にブロックされてる」。「福島近海でのモニタリング数値は、最大でもWHO(世界保健機関)の飲料水の水質ガイドラインの500分の1だ」。と

     福島の人たちは怒っていた。当日報道は汚染水は「打つ手がない」と報じていた。見え透いた嘘の破綻。

小泉元首相も原発ゼロを言いだした(10月2日報道)。いくらなんでむひどすぎるからだろうか。氏のこれからの行動を見ていきたい

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台風一過の朝ならぬ台風直前の朝・・ ラジオ体操、団地、里地の散歩

台風一過の朝  はいい。しかし今朝は「大島の惨事」などの報道に心が痛む。

ここ1ヶ月で3度足を運んだ福島や宮城のあの被災者たちは一体どうしているか。気になってくる。

まだ早いので後で電話してみよう。

それにしても大型たいふー、大雨、大風 は我が家も揺さぶった。気になって昨朝電話してみた。2人の孫たち

ケロリとしてあのさなか爆睡中とか、親の返事。

子供っていいなー。

そういえば小生も子供に近づいてきていると連れはよく馬鹿にする。

まっいいか。孫にあやかってノーテンキ、いや自然体で行くとしよう。

台風直前の素晴らしい朝の光景 をご覧に入れたい

我が団地の10月13日の朝6時20分

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6時半団地内公園での朝日をあびてラジオ体操、のち近くの里地に

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福島第1原発事故  36年前の訴状には、地震、津波に起因する原子炉破壊の危険性を、はっきりを指摘していた

  司法も 安全神話

36年前 訴状に向き合って耳を貸してさえいれば 福島第1原発過酷事故を防ぐことが・・・

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紹介

原発裁判と原発事故に対する感想

           弁護士  安田 純治

 今から三十年前(1975年)の一月、いわき市から相馬市に至る浜通りの住民四百四名が原告となって、福島第二原発設置認可取り消し訴訟が提起された。

 この訴訟は、福島地裁、仙台高裁、最高裁とも原告側の敗訴に終わった。

 敗因は何か。ひと言でいえば、安全神話に敗れたのだ。原告の主張と立証に誤りがあったわけではない。そのことは今回の事故で証明されている。

 三十六年前の訴状には、地震、津波に起因する原子炉破壊の危険性を、はっきりを指摘していた。しかも、これらの災害によって、外部、内部の全電源喪失、緊急冷却機能停止、炉内温度上昇、核燃料棒のジルコニュウム溶解、水と反応して水素発生、水素爆発という、事故発生の経過も記述してある。今回の事故は、その通りの経過を辿っている。したがって原告の主張は誤っていなかった。

 立証についても、原子炉工学や放射線防御学の専門家の証言や論文で、原告の主張の科学的根拠を立証した(原告に協力した科学者たちは、いわゆる原子力村から村八分にされている人たちで、”お上の権威”とは無縁の人たちであった)

 一方、被告の方(訴訟の被告は政府であったが、その背後には、いわゆる原子力村が存在した)は、原告の主張を、「仮想事故」という冷笑的、侮蔑的名称で呼び、そういう事故は起こりえない、と主張し、政府の安全審査基準が科学的・合理的であると、おかみの権威によって、”仮想”された学者の証言や資料で立証したが、これらが、科学的・合理的でなかったことが、今回の事故で証明された。

 十七年間にわたるこの訴訟の原告側弁護団長として、私が今、痛感していることを未整理のまま並べると次のとおりになる。以下略

私はこのような真摯な差し止め訴訟が行われていること  私は耳を傾けなかった。騙されていた私も責任がある

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「上写真」全住民2万1千人が未だに避難し帰れない浪江町の請戸 高濃度放射線のため長く放置されたご遺体の慰霊碑の前で合掌。遠くに第1原発が見える。「下写真」放射線のため7000人の住民の帰宅を許さない、人一人いない無人の双葉町の駅前どおりをまたぐ大看板。ここには犬も猫もカラスも小鳥もいない。音もない、動くものものもいない異様な世界の中に「原子力明るい未来のエネルギー」が視界にはいいってくる入ってくる。未だに16万人の避難者、2000人近い原発関連孤独死。

Photo

  

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アベノミックス     アベノウソミックス  見てきてわかったウソ

アベノウソミックス

福島の状況は「The situation is under control」(状況はコントロール下にある)と発言した

「私が安全を保証します。状況はコントロールされています」。

「汚染水は福島第一原発の0.3平方キロメートルの港湾内に完全にブロックされている」。

「福島近海でのモニタリング数値は、最大でもWHO(世界保健機関)の飲料水の水質ガイドラインの500分の1だ」。

「健康に対する問題はない。今までも、現在も、これからもない」。

 福島の人たちは怒っていた。現地を垣間見たわたしたちも、明らかな「ウソ」だということがわかった。

汚染水は「打つ手がない」

小泉元首相も原発ゼロを言いだした(10月2日報道)。いくらなんでむひどすぎるからだろう

9月28~29  原発事故避難指示解除準備地域にて

◎車窓から見る光景、磐木から廣野、楢葉から冨岡町へ 南相馬小高から村上海岸へ

・猫がいない。カラスがいない。小鳥がいない。

・犬もいない。動くものがない。たまにすれ違う公用自動車・警察ナンバー。

・音も、動くもの一切ない世界って本当に不気味です。次第に車内の23人仲間も静かにになっていく

この日、日曜なのに人影が全くない。日本どこにもない異様な世界の浜通りここが収束宣言のフクシマなんだと???

◎浜通りの水稲地帯、車窓の右左に流れる田園地帯の景色は

・見渡す限りの雑草、縦横高低構わずに生い茂る雑草の海原。

・壊れたままの用水路、まったく見えないあぜ道。かって黄金色に輝いた田んぼの今

・ここは由緒ある井田川干拓地、全国向けの銘柄米がとれたところでした。

・ご飯と魚がよく合ってうまい。この地で漁とり40年の漁師さんは、海にカモメがいなくなり、港に魚のにおいがなくなったと語る。すべてが奪われた、先がない農漁民。生業と、獲る楽しさ奪われた人たち。静かな怒りの語り口。

失われたものの大きさ、奪ったものの巨大さをおもう。

遠くに、フクシマ第1原発の排気塔が見えた。(写真)

          ここが避難指示解除準備地域なんだと???

◎海岸線 そして 海と並行する常磐線、

・線路の上に生い茂る雑草、真っ赤にさび付いたレール、傾いたホーム・朽ちた駅舎、ここは原発立地地冨岡町の駅。2年間人を寄せ付けなかった放射線まみれの駅舎。海が目との鼻の先に迫っている。ここは原発立地町。

・かっての賑やかさを伝える、駅前商店街の壊れた看板たち。

人息の気配がまだ残るかのように、繁華街と民家の惨状、 

・津波が根こそぎ奪った人家の跡・あと、跡・嗚呼ー・その上に蓄積した放射線、人々を寄せ付けないままの古里。

・持参した計測器がけたたましい音を立てた。つかって2年、初めて見た最高に高い線量測定器(写真)

・ここは4月から昼だけ住民が戻れるようになった地。福島浜通りの知人がこの地に案内したわけがわかりました。・収束したという政府のプロパガンダのアベノウソノミックスがすぐばれる現実が目の前にありました。怒りを秘めた説明が続く。

つづく・・以下の項目で実地に見たことをお伝えします。

○助かるのにむざむざ犠牲になった請戸の悲劇(写真)

○東電が寄贈したお城のような浪江町請戸小学校校舎の被災後の姿。300人の生徒は逃げ切り全国28か所に離散した学校、原発が行き着いた究極の姿がありました。)。

楢葉町の600年続いた宝鏡寺、住職が12人の障がい者を磐木まで誘導避難。仮設住宅に居住。4月から日中だけ住民は入れるようになった。案内され裏山の墓地に上ると楢葉町が一望できた。第1原発は森の向こうにある、隠れて見えないが近くにあるのは確かだった。

 まず驚いたことは当地は震源地から130キロと近いのに墓石は倒れていないことだった。3・11後震源地から120キロの宮城県女川原発からほど近いお寺の墓地はことごとく墓石が倒れていたのを見ていたのでびっくり。

しかしさらに驚く事実に直面。お寺の墓地へ登り口付近を流れる小川に沿って実は大断層が走り3・11の地震で2mの段差ができているという。寺側は微動だにしなかったのに反対側は2mの段差が生じたのであった。東電は原発建設にあたって断層があることを知っていたが3万年以上動いていないということで問題にしなかった、という。しかし今回の上下2m断差ができた事実で覆されることになった。

福島原発周辺には3つのよく知られた巨大断層が走っているという・(赤井・双葉・湯のたけ断層。この地に詳しいK氏の説明は熱がこもっていた。

とまれ!日本は世界の地震の10%を引きうけている。欧米の2000倍の地震発生率の国。今回の福島視察で日本の国土は活断層の巣である。ことがわかった。ひとたび事故に直面したら途方もない事態に陥ることも実感した。アメリカはスリーマイル事故以来三〇年間今日まで原発はっ一つも作っていない、その間、日本はアメリカの技術と核燃料提供によって作り続け世界最大級の54基となっていった・そのうち福島に10基が展開。この地は高濃度汚染水が漏れ続けている。おさえる技術はない。さらに使用済み核燃料を抱え今も余震が続いている。人口3000万の首都圏には首都圏直下型地震のエネルギーが蓄積している。昨年首都圏直下型地震の発生確率は77%に引き上げられた。東海原発は東京まで100Kいないの地域にある。氏は言う。福島は安全神話の風圧に閉じ込められてきた。福島で作った電力は福島では1wもつかっていないと。、福島の犠牲は日本国民の犠牲に先行した犠牲で示した警鐘であった。

つづく。 

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