« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月

寅さん大好き ―亡くなってしもうて  ―1996年8月12日

寅さん大好き

 

 ―亡くなってしもうて  ―1996812

     

どうせおいらはやくざな兄貴

わかっちゃいるんだ妹よ

いつかお前の喜ぶような

強い兄貴になりたくて

今日も涙の、今日も涙の日が落ちる

日が落ちる

僕「ねえ寅さん、死んでしまったんですか。せめて、”達者でな、あばよ”ってくれえのことは言ってもらいたかった。あまりにも突然で何とも…」

寅「すまん、すまん。断らないで死んじゃってね。少々疲れちゃってね。これも風の向きってことよ。勘弁してくれよ」

僕「ここ二十年来、寅さん映画を見ては“ほっ”だ。おかしくって。面白くて、暖かくて」

寅「無知で、愚か者で、馬鹿な僕をながくひいきしてくれてありがとうよ」

僕「とんでもない。ありがとういうのはこちらです。愚かな僕らに 相手を思う気持ちの大切さを教えてくれたのは寅さんですよ。おいちゃん、おばちゃん、ひろし、さくら、みつお、たこ社長、いつも喧嘩していたね。相手を思うあまりのけんかにいつも涙してました。ほんとにありがとう。」

寅「へへ・・・(もじもじ)」

僕(寅さんは常に相手の幸せを自分の幸福と考える立派な人なんですね。心が何時も開かれていて、そして無欲…)

寅「実は僕はキタナーイ人間なんだ。助平なんだ。ダメな男なんだ。」

僕「とんでもない。助べえなんだが、人の心を汚せない、キレイナ心を持っている、そこが何とも言えないね。だからみんなが人間として共感を持てるんですよ」

寅「それはエラーイ監督の山田洋次さんのおかげです。さいわい元気だからこれからももっと笑いを作ってくれると思いますよ。」

僕「寅さんはいつも旅してたくさんの人や川や海や山など自然と出会いましたね。であって、かかわって、見捨てておけなくて・・・。おかげで見えないものまで見えるようにしてくれました。そのことで、生きているっていいな、人間っていいなと思えるように勇気を与えてくれました。」

寅「兄さんうまいこと言いますね」

僕「葛飾柴又や旅先の名もなく目立たない口下手な人たちに心を寄せ、そんな人たちの内側に潜む素晴らしいものを見せてくれました。」

寅「おいちゃんの作った団子うまかったろう。げんちゃん、あいつはばかでね、・・・」

僕「どこでもだれとでも仲間になることができる。そんな心を持っているっていいなあ。体が自然にそうなっていくんですね。そんな思いにいつも引き込んでくれる寅さん、本当にありがとうございました。しばらく休んでください。」

 さて、あなたは渥美清の突然の逝去に何を思ったでしょうか。

 確かに”男はつらいよ”の画面は現実を超えた架空のものでした。しかし、あれほど私たちに共感を与えた世界はいったいなんだったのでしょう。監督の山田洋次が言うようにこういう寅さんのような人物は今日の競争社会では落ちこぼれの何物でもなかったでしょう。利益優先、物質優先の社会の中では見知らぬ人とのコミュニケーションはおろか、家族や近い人たちとの触れ合いの機会も少なくなり、よそよそしい社会がますます広がっています。この中から、子供のいじめや、自殺、不登校など、これまでの歴史になかったことが表面化しています。自然破壊や犯罪の増加など社会病理が広がりました。人間そのものが破壊されているわけです。

 しかし、そうした世の中だからこそ、助け合ったり、協力し合うことを望む人たちも一層増えてきています。寅さんへの共感はそんな社会背景があるといえましょう。

 コープはその目的を「ともに生きるくらし創り」にしています。努力方向として「ともに」をすべての価値にしようというわけです。

 寅さんも山田洋次も助け合いや笑いのコミュニケーションが多い社会を願って「男はつらいよ」を作ってきました。その動機は根っこのところでは私たちと同じではないでしょうか。山田洋次の「映画のつくり方」コープの「つくりかた」、つまり、仕事のつくり方はどっかで似ているのではないか。そんな思いで山田洋次の書かれたものを探してみました。ありました。

 以下の文章をいくつか紹介します。コープの今後の為に参考になればと思います。

     寅さんは何故新幹線に乗らない

    脇役の力

    労働者諸君

    いわさきちひろの絵に寄せて

これらの文章は映画作りの話ですから、仕事づくりとはおのずと違います。しかし、そのつくる思いは同じではないでしょうか。何か心に止まるものがあれば自分の属する職場や近しい人たちで語り合いませんか。きっと同じ思いが自分の心と仲間の中にあることを発見するはずです。

                          

| | コメント (0) | トラックバック (0)

向日葵  ひまわり  ヒマワリと私

向日葵  ひまわり  ヒマワリと私

今朝の散歩はさわやかだった。向日葵にであった。

近場の田園、里地を4人で散歩。まずご覧あれ

013721_041_2

コスモスの手入れしている方に出会った。これからが楽しみ。その近くに

013721_043_2

013721_045_2

013721_046野菜と一緒のひまわり

013721_047_2

013721_050_2

013721_048_3

成田や館山の向日葵群は確かに見事だった。ハンガリーやチェコ、オーストリー・スペインで見た見渡す限りの栽培向日葵は圧巻だった。これが向日葵だと思ってきた。しかし身近な田園風景の中で森を借景に凛と立つ向日葵は風情がある。しみじみじっくりの味わいがある。向日葵の花言葉を調べてみた。

「あこがれ」 「あなただけを見つめる」「あがめる」「愛慕」と出た。なるほど

おおくの幼い命を飲み込んだ石巻の大川小学校を訪ねた折  学校近く川べりに向日葵畑があった。ご遺族の方たちの手植えであった。ずっとズット「あなたを見つめてるよー・いつまでも一緒だよー」と。

震災にあい、また放射線に見舞われた福島南相馬の原町小学校を訪ねたときにも「向日葵」が校舎のまわりにあった。放射線を吸収するからと。いずれも子供たち愛している心が痛いほどわかる。私は原発推進の人たちに 向日葵を進呈したい。あなたの子供と一緒に家族で原発のそばに住んでみたらいかがとメッセージをいれて。

「ひまわり」の映画化がすすめられているという。舞台は沖縄。

19596月、沖縄・宮森小学校に米軍ジェット機が炎上墜落し、学童11名、近隣住民6名が犠牲となった大惨事を題材とする壮大な人間ドラマを映画化!基地あるかぎり、沖縄の悲しみは終わらない。

吉永 小百合 さん (女優)

沖縄の方達が本当の笑顔を取り戻すまで、
私たちはしっかりとサポートしなければなりません。
「ひまわり」の製作に期待しています。

鳥越 俊太郎 氏 (ジャーナリスト)

沖縄から米軍基地を全面退去しない限りこうした悲劇はこれからもなくならない。"基地被害"の原点のひとつとして映画化されるのを機会に、今一度沖縄のことを考えてみよう。みんなで!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

憲法と原発

憲法と原発    二人の論旨

憲法の理想 人間の安全保障 伊藤真

四街道9条の設立3周年で記念講演された弁護士の伊藤真さんは

いま日本で問題となっている貧困、震災、放射能汚染などすべてが、憲法が目指す人間の安全保障という理想からみると、大きな憲法上の課題です。安全に人間らしい生活が出来る環境をどう取り戻すのか。憲法が目指す人間の安全保障を、いまこそ憲法を活かすときです」と。

原発並べて戦争できない。山田太朗

又私は次のような趣旨の論文に私は改めて衝撃を受けました。「原発並べて武力を持つことがどんなに危険か。日本の原発は敵が引き金を握った核兵器である。ひとたび武力攻撃受けたら日本の国土は永久に人間は住めなくなる」。そのわけは「通常兵器によっても原子炉格納庫は破壊され、原発1基で広島の2百倍の核燃料も使い済み核燃料も取り出せなくなり。冷やすことも閉じ込めることもできなくなる。(実際に長年原子炉設計に携わった原発技術者  山田太郎。雑誌世界掲載)」という―原発並べて戦争できない――原発と憲法の関係――の論文です。

福島からの避難者が語る

私ら双葉・福島の16万人の避難者を
まるで虫けら扱いです

政府は双葉の1部、4%の区域を警戒解除します。皆さん戻れると思いますか。水もない。ゴミの捨て場もない、生活周りのインフラが一切ないのです。地震・津波が壊滅させています。2年後の今も其のままです。

Sdsc05244

120

福島事故原発の炉心はまだだれもみていない。放射線は出し続いている。余震地震で再発の恐れもある。使用済み核燃料は溜まりっぱなし、全国どこにももっていくところがない。ゼロにする技術もない。捨てる場所もない。
そんな中ネズミ1匹が全電源を止める杜撰さ。高濃度汚染水はすでに3階建てのタンク800本分。これも近く満杯に、もっていくところがないので海に捨てることを検討しているという。これが収束したといえますか。

政府は収束したとして「日本は世界1安全な原発を提供できる」と海外に売り込んでいる。双葉を汚すに汚しておいて・今度は永久捨て場を作ろうとしている。最終処分場抜きの中間処分場です。このごまかし。声を出しても届かない。まるで虫けら扱いです。16万人の避難者・双葉はすべて避難者7000人。浪江は2 万人だんだん友達、友人のつながりが切れていく。見舞いにも、顔だしにも30時間かかっている。皆さんと・次の世代が私たちのようなことにならないように原発ゼロが解決策です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青空   再び 青い空  そして晴れた空

青空   青い空再び S_010

青い空 のもとで  花の詩   「花の占めたる位置」

S_032

Dsc05512 ふと見あげると

Photo 自然学校10周年会場のそば大房岬

S7142_121

宮城県  JR山元駅舎 にぎやかだった駅前  何もなし  ただ花が・・・

  615_036_1

0136_112

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青い空 のもとに ふたつの現実

Dscf0120

S2012728_003

Sdsc02542

青い空 のもとに   ふたつの現実 2013-6-24快晴 6キロ先福島第1原発

0136_116

2年5か月たっても放射線のため廃船そのまま。浪江町請戸漁港

フクシマを忘れない。毎月11日JRyotukaidou駅頭での募金。単なるお金ではない浄財

全町民 21000人避難023

126

120

140人がこの地域で行方不明と公表された時もあった 。

ご遺体もさがせなかった。助けに入れなかった。置き去りにした

むごさ。浪江に情報を伝えないで逃げたと非難されている東電。

事の真相事態を解明する責任がある。

私は昨年防御服でここ後に立った。それから1年半ウィ経てまたたった。

友人はお経をあげた。涙の先の空はどこまでも青かった。6キロ先に第1原発

がみえた。青空にはもっとも醜悪なばめん。本当の青空を取り戻したい。

この地域に入るには請戸の被災者漁民の案内がひつようだった。国民・

人々から隔離された地帯。百聞はⅠ見にしかず。いっしょした方はこういっています

「。原発維持賛成者には、「福島の現場を見て!感じて!考えて!」と叫ぶことが最短、最良の一言ではなかろうか? それが私の今回のツアーで得た結論です。」と。

夢と希望は辛酸をなめた魂の中から生まれる。青空から生まれる。忘れまい

Sdscf00031

102_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フクシマを考える私の視点

0136_114 S_186

フクシマが私らに示したもの  

   原発の非人道的結末。

    原発の事故で何が起きたか・人・生き物・生活・生存条件、自然・景観・未来

   原発事故が起きて今までつづく対処の実態は?

    核と共存できない実態。Ex核廃棄物捨てる技術がない。持っていく場もない、防御できない、

肝心なこと  

   忘れないこと・継続する力。原発からの早期撤退(ドイツのように)

  原発の真実 実体が隠されている・隠す体制がある。その解明と打破 ex

  科学的に恐れること。根拠なき楽観と悲観

  戦いの真髄は日本国憲法である。改憲反対と原発ゼロの結合こそ

学習 放射線被害  

  放射能について(不勉強なので)

  ヒロシマ、ナガサキ、ビキニ、フクシマはつながっている(歴史を紐解く興味)

私たちの目的  核時代に生きる 同じ犠牲者は作ってはならない、作らせない(被爆者運動に学ぶ)

そのため学ぶ  福島の現実から・現実から・素直に聞く(ことができるように)

        人間性から。科学者から。

生き方、生きる意味問い続ける

の根の自分の足元   グローカル  一人一人はみんな違う。垣根を越えた想像と共創の力にまなぶ。団塊の世代へ期待。

後期高齢者の身に何ができるか。さしたることはできそうにないことを自覚して。ひたすらじっくり・ゆっくり。これが弱い小生の難しいところ。

人間を尊重する文化が育つ社会を願いつつ死ねるように・やや絶望的だったが・広島長崎ビキニ福島の辛酸をなめた人たちの生き方に唸っている。。

(高橋晴雄)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »