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75才  

75才の春

この春 ついにというべきか、やっとといいうべきか、“人生古希まれなり”を超えて、75歳になりました。 父よりひと回り以上長く生きたことになります。しかし今の時代、平均寿命79才()ですから、事あらためて75歳が稀ということではないでしょう。ただ経年劣化というか身体が言うことを聞かなくなるのにはよわちゃいます。

さらに親しい (○○さんとか貴方とか、やーと呼び合える2人称の間柄)人たちが亡くなるのは本当につらいものです。父母と二人の兄の時もそうでした。ご近所の近しい友達とか遠くの親戚もそうです。かくて私も,童謡にちなんでいえば ♪♪ もういくつ寝るとお正月~♪♪ の正月をXday(息を吸うのをやめる日)に変えてみると実感が迫ります。

 生き物ならすべて 生育老死から免れません。私も生き物ですから 順繰りに生死が交代する習わしの中にあります。 仮に、人間だれも死なない、とするならば、この世界は どうなるのだろうか。考えただけでもぞっとします。私179歳、あなた267歳という風な世界を想像できますでしょうか。だから、私らが雲隠れすることはよいことですし、別に暗いことではないといえます。ただ悲しい。つらい怖さも否めません。

しかし生と死がつなぐ地球の生命はセンスオブワンダーに満ちていますよね

…なーんちゃってかっこいいこと言っちゃいました…75歳に免じて許してください。でもあなたも私もこれ本心ではないでしょうか。愛犬も 草花も 連れ合いも自分も仲間も世の子供達も 森も川も畑もみんないきものですから。

私がそれを感じたのは 東北大震災後の「生き物や人の気配が全くない、放射線が覆う福島浪江・双葉・南相馬の被災地」さらに「津波が兄とすべてをさらった音もなく動くものも伏せた石巻・さらに閖上・山元・の仙南・宮古・陸前高田・の岩手の各地であった」・・・福島を忘れることは生き物の世界を忘れることにつながるのではないか。真の文明は山を荒らさず。川を荒らさず。村を壊さず。人を殺さざるべし…(

100年まえ  足尾鉱毒公害 田中正造の日記)

そこで残る私らの願いは“生きている間はイキイキしたい(ゲーテ箴言) ということでしょうか。もちろん、寝たきりもある、事故など外圧的な強制的人生切断もある。そんな時は社会的にも、個人的にもお互い様で支えあうにことが肝心ですが。

どんな境遇でもイキイキできるらしい。そんな先人が私らの周りにいっぱいおられたし今もいると思います。亡くなった人からも学べるといいます。人生修行の足りない私はこれから学ぶことになるのですが、そもそもイキイキとはなんだろう。人それぞれのイキイキもあるとして、そこでイキイキを昔と今の中に探ってみるのも悪くない。いくつかの例で物語ってみてみたい。イキイキはいつも苦労や汗や辛酸と供にあるらしい。振り返ってみるとわかり始めます。一緒に考えてみませんか。あなたの今のイキイキとはなんですか?あなたの来し方で一番イキイキしたことはなんですか? 一人ぼっちではなかったはずです。

私は被爆者の人にお聞きしたいと思っています。辛酸をなめつくしたのに、あれほど穏やかで温厚なのはなぜですか?強い意志の源はなんですか。 何に希望を託して日々を生きてこられたのですか? 私、にでることはなんですかって。

いま春です。今日の陽気を見るとなるほど春が来ない冬はなかった。雨がはれない日々もなかった。どうあれ生きるって素晴らしい。みんなで1日1日を自然に大切にして素晴らしかったといえるような最期を迎えたいものです。それにはお互いにあなたが必要です。亡くなった人もみんな一緒に。お邪魔虫になりつつもかなうだろうか。   

3月26日

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