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2013年3月

Sdsc03692 知らないことほど恐ろしいことはない

使用済み核燃料の冷却がとまる大規模な停電事故が発生

3月18日夕刻 福島事故原子炉の使用済み核燃料の冷却がとまる大規模な停電事故が発生したと発表。

これは1号機392本、2号機615本、3号機566本、4号機1533本、共用プール6377本、計9000本が冷却できない事態におちいったことを示している。これがあと4、5日以上継続くと規定温度を越える。冷却ができない状態がつづけば、臨界事故が危ぶまれる事態に陥りかねない戦慄すべきことになる。その寸前に至っていたることことになる。廣島原爆の何千倍の威力を持つ量だ。幸い電源が回復したが、原因はなんと電源盤は屋外仮設の建物にあって、ネズミ1匹が原因だという。あきれおどろく発表だった。

事もあろうに、ほかにも仮設施設がたくさんあるという。元原発設計者の後藤政志氏は汚染水が通る配管の劣化、汚染水貯蔵のタンク自体の劣化も危惧していた(TBSテレビ)。

多くの国民は、私たちの命がこれほどお粗末な原発管理のもとにあるとは報道規制があるとはいえ知らないできた。福島原発過酷事故から2年たつが収束おろかまだ16万人が避難している。今回の事故ははからづしも東北全体、日本全体をまきこみかねない状態に置かれていることを示すことになった。

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福島事故原子炉の使用使用済み核燃料の冷却がとまる大規模な停電事故が発生したと発表。

田中正造氏は明治45年の日記に

真の文明は、山を荒らさず、 川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」と書いた。

それから100年のあいだに「山 川をあらし村を壊し人を殺してきたまぎれもない歴史

の事実がある。原発はその頂点にたつ。

知らないことほど恐ろしいことはない

3月18日夕刻 福島事故原子炉の使用済み核燃料の冷却がとまる大規模な停電事故が発生したと発表。

これは1号機392本、2号機615本、3号機566本、4号機1533本、共用プール6377本、計9000本が冷却できない事態におちいったことを示している。

これがあと4、5日以上継続くと規定温度を越える。冷却ができない状態がつづけば、臨界事故が危ぶまれる事態に陥りかねない戦慄すべきことになる。その寸前に至っていたることことになる。廣島原爆の何千倍の威力を持つ量だ。幸い電源が回復したが、原因はなんと電源盤は屋外仮設の建物にあって、ネズミ1匹が原因だという。あきれおどろく発表だった。

事もあろうに、ほかにも仮設施設がたくさんあるという。元原発設計者の後藤政志氏は汚染水が通る配管の劣化、汚染水貯蔵のタンク自体の劣化も危惧していた(TBSテレビ)。

多くの国民は、私たちの命がこれほどお粗末な原発管理のもとにあるとは知らないできた。報道規制があるとはいえ危険極まりない状態に置かれていることを知らなければならない。

福島原発過酷事故から2年たつが収束おろかまだ16万人が避難している。今回の事故は はからづしも東北全体、日本全体をまきこみかねない状態に置かれていることを示すことになった

こうなったら「いのちは皆尊い」というもっともプリミティブなところに立ち位置を据えることでみんなが結束する以外にない。

真実は老若も,男女の違いも、イデオロギーも、信条の違いも、貧富の差も、人種の

違いも越えて放射線は等しく降りかかるということだ。私だけを避けて降るわけではない。

また人が絶滅したら思想も信条を競うあう場を失う。

 だから「原発ゼロ」で結束できるはず

確かに「福島は運が悪かった、成長、雇用のため

に多少の犠牲はや

むをを得ない」

という成長

話の延長にある人も多い。

「原発は必要だ、しかし私のちかくに作るのはまっぴら反対」という、心情を

持つ人がいる。S_418

 、「いのちは皆尊い」これだ。これで行こう

真の文明は、山を荒らさず、 川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし

  

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ある介護センタ―にて お話しました

こんにちは はじめまして

みなさんの福祉と仕事の価値  ディーセントワーク

ケアと家事(ともに命、命をはぐくむ)                                                   高橋晴雄

なぜ働くの 緊張の多い 大変な仕事なのに  でもねケアサービス には 何かひきつけるものがある。何かいいから働き続けている。それが何かを前向きに考えたい。

1 はじめに

○ ご自分に点数をつけるとすれば なん点ですか(100点をつけて。というのが私の狙い。このランを空白にしてまずご自分でつけてもらいました 

2 皆さんの つらい  現実      ストレスや疲れ

   楽しい 現実      喜び。楽しさ

家事と仕事  キーワード1  公私融合

             キーワード2 毎日こそ、毎日の中で学ぶ。一つ一つ、ふれあい

3アンケートから

ヘルパーとしての喜びや仕事の遣り甲斐を感じるときはどんな時?

   ”ありがとう“の言葉をいただいたとき

   ご利用者の方が待っていたのよといってくださり、ありがとうの言葉をもらった時。

   調理をしておいしかったといってもらったとき

   訪問して「待っててくださった」と感じるとき

   退院され家に戻って少しでもADLが向上されたとき

   高齢者、障害者の方で、前向きで生きる意欲を持っておられる方と接するとき

   介護者の負担を少しでも軽減できたとき

   「ありがとう、助かったー」と言って貰えた時

   ヘルパーにだんだんなれてきて信頼してもらえたとき

ヘルパーとして、疲れやストレスを感じるときですか?

   ケア内容と利用者さんの要望が異なり、ヘルパーはできないと断られるとき、事務所では断るようにとのことでも、実際現場ではうまく断れない

   利用者に必要だと思われるケアが家族の理解、他 種の理解のなさで行うことができないとき。

   利用者とコミュニケーションが取れないとき(信頼を持っていただけないとき)

   時間に追われるとき、ケア中やケアとケアの間の移動時間

   利用者様の意向に添えなかったり、話が合わないとき

   通常一人で行う仕事なので、いろいろな場面で自分で判断しなくてはならない点

   うまくコミュニケーションが取れないとき

   ケア後自分の対応が適切だったのかを考えるとき

   ケア中常に緊張してコミュニケーションをうまく取れないとき

   ヘルパーさんの代行がうまく手配できないとき

   事務処理がはかどらないとき

仕事以外の喜び、楽しみは?       仕事以外での疲れやストレスは?

   友達とのおしゃべり          ○ 愛犬の病気、睡眠不足になったとき

   家族と夕食をしているとき       ○ 運動不足で疲れやすくなる

   家出のんびり昼寝をしているとき    ○ 子供の就職

   孫との遊び、ふれ合いの時

   愛犬との散歩、ふれ合いの時

   映画鑑賞、パソコンゲーム

   趣味(水泳、山登り)

   友人、家族との楽しい時間を持つこと

買い物、(100えんショップでいろいろ見て回る)

私の1日

(9時~12時) 出勤  訪問ケア

(12時)    昼食

(13時~)   移動

(14時~)   訪問ケア  移動

(16時~)   事務所

(17時~)   訪問ケア

(19時~)   夕食準備

(20時~21時)夕食 片付け

(22時~)   訪問ケア

(23時)    入浴

(24時)    就寝

6-7時 朝)  起床 朝食準備  朝食

 (8時~10時)  身体介護 ケアできていない現実にストレス おむつ交換穏やかにケア

(10時~12時)  書類整理  たまったファイル

(12時~13時)  昼休み  電話いつ来るかわからない

(13時~14時)  事務処理  サービス調整

(15時~16時)  計画書作成

(16時~18時)  電話応対  サービス調整 

                   あたふたした割りに形として残らないときはストレスか

(19時~20時)  夕食準備、夕食、いつ帰るかわからない子供たちなのでかたずけ1度に進まずストレス

(21時~)     洗濯  干し  入浴

(23時)     就寝

3   浮かび上がってくるもの

まずつらさについて

  利用者の家族や本人に理解を得られないつらさ。

  時間に追われあたふたが続いている。自分の暮らしも大変

  うまくコミニケーションがとれない。うまく断れない。

  利用者のうめきにもにたこえを聞きながら

  どうすることもできない できない無力さ。おもうように助けてあげら

   れない

  じぶんの対応が適切でないのではないか    自信をなくしていく

そんなときの解決策?

 

その1 逃げろや逃げろ。何も考えない。割り切る。ただこなす。マンネリ

  でもあなたはそれができない。まじめだから

  

その2  分かち合う   涙の2等分

仲間と話す。おしゃべり。聞いてもらえる関係こそ  職場の仲間 励ましあい

その3 立止まって考えて見る 一人で 2人で みんなで

   たとえば この団体を作った動機  なぜケアサービスが存在するの?

(あなた)が介護に携わった動機。働きながら つかんだものは

 なぜ働くの?  生育老死  訪問介護の位置  必要性

      誕      生死という深みにおいて見えてくるもの

      

               お見送りする仕事(Kさんから)

  存   生    活   命にかかわるって本来楽しいこと(食べる。育てる)

                いつ死ぬかという中で生きている。いずれー

      死        内は地域のこと

     

           私のこと  親×夫×子供×娘×兄弟×A×B×C×O私の心と体は 連帯つながりそのものの中で出来た  

           なじんでいく地域,ふるさと  生育老死の織り成すところ

              病院  学校 公園 福祉 訪問介護 畑  田

               お店  バス  水道  道路 隣近所 会社など

      生きて生かされている関係    =地域 連携

ケア  ぬくもり   愛情  思いやり 「サービス」 まなざしぬきに

人は生きられないし地域も成立しない。しかし現実の日本社会は  ケアの

分野をないがしろにしてきた。ジェンダー 家事は女のすること。家庭内福祉も。

2重3重のしわ寄せ。 家事とケア抜きに社会も経済も本当は成り立たな

いのにね。

失われた20年  競争社会の現実 優勝劣敗  弱肉強食   格差拡大 母子貧困  高齢者  障害者の生活問題 自殺  いじめ 非正規労働の増大  派遣きり ニート 犯罪  事故  競争受験  序列  排除 社会保障(セーフティー-ネット)の貧困  公的福祉の後退も。

      

「お見送りする」  ケアサービスの理念

そんな厳しい中で 世の中で1番大事なケアを担って働いている。「命と命を

はぐくむ」家庭生活とケアをつないでいる。いずれ経済やお国のために「人間

がある」(人間を粗末にしてきた。人の使い捨て、人のもの扱い〕考えを根本

的に覆し日本社会は目的を「命と命をはぐくむ」ことにおき、その手段として

経済も政治も教育も文化もあるという風に変ていかなければなりません。その

過程で矛盾や問題が山積し日々のつらさもあります。又心を込めてとりくむが故の

悩みもあることでしょう。しかしケアサービスの訪問介護の日々は世の中で

時代最先端を担っていると見ました・

皆さんはこれまでよく学んできました

○利用者さんから    ○ 自分のこれまでの体験を振り返って

○仲間から       ○きつい指摘から

     ○他の業種から     ○こども  おや  かぞくから

笑顔で「ありがとう」といわれた「事柄」がなりよりも大事 

うなずき(認知症の方の表情やしぐさからも読み取っている)

「ありがとう」という機会もいわれる機会も世間で少なくなったことは社会の不幸ですね

困難をこえる「ヘルパーの誇り」を感じました。「お見送りする」ことをケ

アサービスの理念として日々実践していることに畏敬の念を持ちます。そうな

らば「(生死)という深みにおいて皆さんは生きようとしている」ことにな

ります。「生きる  命をはぐくむ」事はもともと楽しいこと。楽しいことに

は必ずといってよいほど仲間がいます。楽しいことには必ずといってよいほど

つらい汗が。

ところで最後にご自分に改めて点数をつけてみましょう。

ありままのあなたにどんな点数つけますか。100点つけましたか 

これが結論

まとめ  感想から

題  ストレスとどう向き合うか

     ヘルパー面では、事務所へ言って聞いてもらう等、自分の中にため込まない様気をつけていきたいと思います。

     お話の中で、「皆さんは生死に関わっている大変な仕事をしている」改めて自覚しました。

     「自分は100点である」という事でストレスを溜めないとおっしゃったので、これからこの事を心にとめてやっていきたいと思います。いいお話を聞かせて頂きありがとうございました。

     利用者さんとどのように向き合い、コミュニケーションをとったらよいかいつも考えながら仕事をしていますが、困った時、うまくコミュニケーションがとれない時提供責任者に話をしたり、相談した時もいつも話を聞いてもらえるので、安心して仕事ができますのでストレスはあまりありません。

 利用者さんの立場になった考え方をしてストレスを溜めないように心掛けたいと考えました。          

 生じた問題を抱え込まずに聞いてもらえる場を作る。ストレスとの上手な付き合 い方を学びました。本日の話を聞いていろいろな事に気づかせて頂き良かったと 思います。

★     ケアに入り、利用者様と理解、信頼等に上手くコミュニケーションが取れない時があったとしてもありがとう、お世話様と言われた時には疲れもストレスも消えて、また次も頑張れると思う。こんな事に気付いたお話を聞かせて頂きました。

     ヘルパーだけでなく、今の世の中ストレスだらけで皆イライラしています。お互いに人間は信頼関係をもち、感謝の心をもたなくてはいけない。自己中心の考え方は本当にストレスになる。何よりも「心」が大切になる。生きる事を支える仕事をしている事を自覚する。

    自分の喜びを発見しながら仕事をする事がストレスを軽減する。現在はストレスを訪問中感じる事は無いのですが、参考になりました。

     悪い様に考えない。一つ一つお話の中の事を思い出して行きたい。

     家庭内福祉は昔から根づいている世の中そういう社会の福祉に対する考え方の中で活動する女性のストレスは計り知れないが、利用者からのありがとうの言葉の積み重ねでストレスから解放され成長する。有難うの言葉をもらうたびに疲れがとれます。

     ストレスを溜めずにプラス思考で日々励みたいです。

     向上心をもって!誇りを失わずに!楽しくケア!百点をめざして!お仕事をさせて頂く事に感謝です。何事も人生感謝です。ありがとうございます。

     仕事の喜びは何か?を見つける。やむなく働くではダメで逃げろや逃げろでは解決しない。本当にそうだと思います。理解できる友達、仲間作り、利用者・ヘルパー学べる喜びを感じる。私はこれをモットーにして頑張っています。他のお仕事の中でもいろいろ学べました。

     先生のお話、人間としていきている以上は人と人との関わりが大切であり、つながりの中で生きている事 愛情・思いやりが大切。心が豊かになる事、人に向き合う仕事をしている事に自信を持つ事・自分に自信を持つ事の大切さを考えさせられて勉強になりました。

     今日は何をどのように書いてよいかわかりません。点数の付け方もわかりませんでした。帰り際に利用者さんから ありがとう と言われると、にこにこしている自分に気付きます。

★     我以外皆師という言葉を初めて聞きました。生と死と向き合いながら利用者様とお付き合いをさせて頂きたいと思います。事務所の皆様の笑顔や言葉をかけて頂く事によってストレスもなくなります。

      信頼できる友達をたくさん作り話し合う。信頼してくださった時、ストレスがなくなる。

      

★     生死などの深い意味を少し理解できました。毎日の仲間からの励ましなどが良い仕事につながる事だと思いました。前向きに考える事も大事。

     先生のお話しがよくわかるお話しでした。ストレスはあってもなかなか考える事はなかった。前向きに考えて付き合いたいと思う。又、ありがとうの言葉のよさがなお一層わかった気がしました。

     ストレスは誰もが少なからず感じている事だと思いました。

     ケアに携わる事によって生ずるストレスを解消する介助としてヘルパー同士の交流が必用。先生のお話しはテーマと違っていたように思う。

★     ヘルパーとしてのストレスは、仲間と分かち合う。話したり、聞いたりしあって発散する。また、自分の仕事にほこりを持つ事が大切だと気付きました。

     かけがえのない自分に100点をつける。ありのままの自分を認めるという勇気をもらいました。自分を大切にしないと人を大切にできない。

★     今日の学びで、大変勉強になりました。図解で学んだ事は本当によかったです。今まで思ってもみなかった事を気づかせて頂きました。

★     ヘルパーさんが日々健康で前向きに日常生活を送れるように、喜びと悲しみを分かち合える。仕事上の友達を沢山作る事によりストレスとの付き合いをうまくできる地域活動している。時代にあった仕事をしている自信をもってやる事を強く感じました。

     話し合えるつながり、仲間を作り、良い事をしているという自信を持つ。とても良いお話しを聞かせていただきました。

     先生の言った我以外皆師という言葉がいい言葉だと思いこれからの仕事にも役立てたいと思います。皆100点でいいんだよと言われた言葉で楽になった気がします。

★     介護とは人間の尊厳を守る大事な仕事であること。自分の行っている仕事に自信を持つ事が大切であり、それによってストレスもたまらなくなるとの事。自分の仕事を100点と思えばよい。自分はかけがえのないもの、相手もかけがえのないものである事。大事な事を学ばせていただきました。

     ありのままの自分を認める大切さ。仲間のいる大切さを気付かされました。

     「ストレス」というテーマにとても期待して来ました。100点でよいとおっしゃる先生に勇気づけられました。ありのままの自分でいいんですね。ありがとうございました。

     自分に点数をつけなさいと言われ、考え65点ぐらいかとつけました。虹の中でのストレスはほとんど無いと思っていますが、自分を大事に思えないと人も大事に出来ないとの言葉はとても心に残りました。

★     とても興味・魅力あるお話でした。ひきつけられて聴いてしまいました。自分のいる所、今どんな関わりの中にいるのか、そのような大きい視点で自分たちを見つめることが出来ればいいなと思いました。

★     自分も唯一無二。相手も唯一無二。そういう事が実感できる仕事であり、自分を大切にできる他人も大切にするそういう事がかんじれる仕事だと気付く。

     ヘルパーの仕事はかけがえのない素晴らしい仕事だと。これからは誇りを持って出来ると思いました。先生のお話しですごく力を頂いた様に思います。

     ディーセントワークとは?良く理解できなかった。「お見送り」とは「死」ではないのか?今回の様な講習会は和室ではきつい。集会室の方がベターである。

アンケートより

ヘルパーとしての喜び 仕事のやりがい?

待っていたのよといってくださり、ありがとうの言葉をかけてもらったとき。美味しいといってもらえたとき

疲れやストレスを感じるときは?

利用者様の意向に添えなかったとき

話が合わなかったとき

仕事以外での喜び、楽しみは?

疲れやストレスは?

孫と遊ぶとき。犬と散歩。映画。パソコンゲーム。

ふれあい。    睡眠不足。犬の病気

○(6時~)   起床 犬の散歩 洗濯 食事準備  朝食

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「命は皆尊い」

気分は枯れ葉かな、デモ涸れてはいない。 

春は好きだ。春の緑、新芽・蕾、花 はたまらない。

ついばむ鳥、虫、蝶 もいい、春の野菜、果物はもう最高。
...
デモ この春を汚し、夏秋冬かけてじわじわなぶり、命の循環を断つ核種。

誰だまき散らすものは。こうなったら・いのちは皆尊いというもっともプリミ

ティブなところから始めよう。枯木の山のにぎわい というじゃないか。

足尾銅山鉱毒を告発した田中正造氏は明治45年の日記に

「真の文明は、山を荒らさず、 川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべ

し」と書いた。それから100年のあいだに「山 川をあらし村を壊し人を殺

してきたまぎれもない歴史の事実がある。原発はその頂点にたつ。

枯葉年代はそれを進め、あるいは許した世代でもあるしその過程を実感もでき

る。「命は皆尊い」という立場に立って3世代をつなげうる立ち位置にある。

たとえごまめの歯ぎしりになろうと、これ以外の選択枝ははないと思うがどうだろうか
福島のさる保育園にて  この子たちを思い切り外で遊ばせてやりたい。
そのために  枯れ葉じじーに何ができるのか。こたえは簡単なのだが
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もう春だ。春なんだ。

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う春だ。春なんだ。

休眠から覚めた熊の様に

周りを見てみた

茶の間からガラス越しに、水仙と梅の蕾

電線から飛び立つて小鳥が横切って消えた。

誘われて  オモテに出てみた

お日さまは

そこいらじゅう明りの温みをふりまいている

いつも見る対面の丘の木々  隣の庭木の葉っぱの輝き

舞い戻り

セイターの重ね着 厚手のジャンバー 

首巻 手袋 マスクに帽子

2枚靴下で靴を履き

鍵をかけ 日差しの中の丘に向かった

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やっとカゼや感冒や肺炎もどきから解放されて昨日ぶらり

散歩ができた。春日和にはまだ早いが忘れがたい日に

なってしまった。千葉の春は好きだ。2011年3・11まえには

こんなところに行っていた20120826_808

保田であった 。おすすめポイントだ。

焼津の3・11ビキニデーにも行った事がある。

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久保山愛吉さんの墓。

写真に収めたこの日は晴れ渡っていた。

「私を最後の犠牲者にしてほしい」という遺言を私達人類にのこした。

明日から 3・11を命日にする人の3回忌で東北に出かける。お墓の周りは春だろうか。地震、津波、原発過酷事故の災害 人災、次の世代の春はどうなっていくのか。孫たちや福島の子供たちの顔がよぎる。友人を煩わすことになるが被災地をよーく見てきたい。

枯木みたいな私でも 次の世代に「大丈夫だ安心しろ」と言えるような生き方ができると信じて。

やまない雨はない 春が来ない冬はない。(最近1月末に亡くなった近隣の友人の色紙)

行きつ戻りつくり返しながら社会の春はやってくると思いたい。

まずは散歩などして体調を回復させたい。

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生きている間はイキイキしたい”(ゲーテ箴言) そのためには  1

この春ついにというべきか、やっとといいうべきか、“人生古希まれなり”を超えて、75歳になります。 今の時代、平均寿命79才()ですから、事あらためて75歳がマレということではないでしょう。ただ経年劣化は(特に3,11以降)覆うべくもありません。さらに二人称の(○○さんとか貴方とか、やーと呼び合える間柄)人たちが亡くなるのは本当につらいものです。

かくて私も,童謡の ♪♪ もういくつ寝るとお正月♪♪ の正月をXday(永久雲隠れ日)に変えてみると実感が迫ります。

 生き物ならすべて 生育老死から免れません。私も生き物ですから 順繰りに生死が交代する習わしの中にあります。 もし仮に、人間年老いてもだれも死なない、とするならば、この世界は どうなるのだろうか。考えただけでもぞっとします。だから、私らが歳老いてから雲隠れすることはよいことですし、別に暗いことではないといえます。

そこで残る私らの願いは“生きている間はイキイキしたい(ゲーテ箴言) ということでしょうか。でもその保証はあるのだろうか。寝たきりもある。事故など外圧的な強制人生切断もある。でもどんな境遇でもイキイキしたい。そもそもイキイキとはなんだろう。人それぞれのイキイキもある。そこでイキイキを昔と今の中に探ってみるのも悪くないとのぞむようになりました。いくつかの例で物語ってみてみたい。あなたが胸を貸していただけるなら一緒に考えてみたい。

もう春ですね (散歩にて)   イキイキならぬウキウキ

春が来ない冬はない、希望を持って生きる、これだ イキイキって、

生ける屍はご免こうむりたいが 努力が必要だ。かなうだろうか

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新聞購読を東京新聞に切り替えた時 目に焼き付いたすごい記事

新聞購読を東京新聞に切り替えた時目に焼き付いたすごい記事

福島・浪江町 「希望の牧場」はいま  
   (東京新聞「こちら特報部」2012年8月25日)  ヨリ 

福島県浪江町の警戒区域で、放射性物質に汚染されて出荷できなくなった三百頭以上の肉用牛の飼育を続けている男性がいる。「希望の牧場・ふくしま」の吉 沢正巳代表(58)だ。国は同区域の家畜を殺処分するよう求めている。しかし、吉沢さんはそれを拒 
み続けている。「絶望ばかりのこの場所で、原発事故の意 味を問うていきたい」。被ばくも辞さず、あえて牧場にとどまる意味を聞いた。 (上田千秋

 

「被ばくした牛の動物園みたいなもの。殺されずに、寿命まで餌を食べ続けられるんだから」。牛舎で体を横たえている牛たちの前で、吉沢さんはそう切り出した。 開放的な牧草地が広がり、奥に牛舎や吉沢さんの新築してから四年の自宅がある。青空の下で牧草をはむ牛たち。見た目はどこにでもある牧場の風景だ。放射能の影響を体で感じるはずもない。牧草地に散らばった牛の白い骨がわずかに事故があったことを物語る。  同県南相馬市との境に広がる「希望の牧場」は、東京電力福島第一原発から北西約十四キロの地点に位置する。今年四月から、三十二ヘクタールのうち同市の四 ヘクタール分が居住制限区域となって出入りが自由になったが、残る二十八ヘクタールは立ち入りに 
許可が必要な警戒区域のままだ 事故当初に比べれば下がったとはいえ、空間放射線 
量はいまも毎時四~五マイクロシーベルト。そこで吉沢さんはボランティアたちと牛の世話を続けている。

 昨年三月十四日、十二日の1号機に続いて3号機が水素爆発。同町の住民の多くが避難し、吉沢さんも一緒に暮らしていた姉とおいを千葉県に避難させた。自身は牛の餌やりを続け、十七日からは上京して東京電力の本店や霞が関の中央官庁を抗議して回った。 「当時は牛のことばかり考えていて、自分の被ばくの危険性は頭になかった。それより牛に経済的な価値がなくなり、牧場経営が終わってしまったことに腹が立った」 牧場入り口のタンクに書かれた「決死救命団結」のスローガン。事故当時の気分を記した。
 「そのころ、東電が原発から撤退するという報道があった。頭に来た。死ぬ覚悟で国民の命を救え、と言いたかった」

 吉沢さんが東京に出かけたころ、牧場では運営会社の「エム牧場」(福島県二本松市)の村田淳社長が約三百三十頭の牛を牛舎から放った。放牧すれば、辺りの水を飲んだり、草を食べたりして、何とか餓死を避けられるだろうと考えた。

  福島に戻った直後、吉沢さんは迷いながら牧場に三日に一回のペースで通っていた。「牛舎につながれ、ミイラ化した牛が町のあちこちにいた。すごい臭いだっ た。餌やりを続ければ、こちらも被ばくするし、そもそも売り物にならない牛を生かす必要がある 
のかという迷いがあった」
 村田社長らと議論を重ねた末、吉沢さんは牛を生かそうと決めた。 「汚染された水や草をとり続けた牛を調べれば、被ばくの正確な状態が分かるはず。牛たちは原発事故の 
生き証人、役に立つんだと思った」 国は昨年五月十二日、衛生面などを理由に警戒区域 
の家畜は所有者の同意を得て殺処分するという方針を打ち出した。数百軒の畜産農家、酪農家に説明会が開かれた。

 吉沢さんは「逆にスイッチが入った。棄畜政策が進めば、今度は棄民政策で人間が見捨てられる。殺処分は臭いものにふたという証拠隠滅に等しい。ベコ(牛)屋として意地もあるけど、何が何でも牛を守り続けようと決めた」と話す。
 昨年七月、「希望の牧場」プロジェクトが始まった。警戒区域の家畜を守るために情報発信し、被ばく牛を研究対象にしてほしいと全国の大学などに呼び掛けた。

 これまでに日本獣医生命科学大や東北大など五つの大学が反応。牛の体内から放射性セシウムを排出させる研究や、セシウムが蓄積される歯の分析などをしている。
 福島県などによると、原発事故前、警戒区域にいた牛は約三千五百頭。すでに半数以上が餓死したとみられ、現在は約千頭までに減った。

 「希望の牧場」でも百頭以上の牛が病気や栄養失調などで死んだ。しかし、それに迫る数の新しい命が生まれ、他の牧場から引き取った分も合わせて、現在は 
約三百二十頭の牛を飼っている。 「いまいる牛やその子ども、その次の世代まで調べ 
て、遺伝に与える影響も研究してもらいたいと考えている。牛たちも草を食べ、子どもを産みながら抗議している」

 吉沢さんは各地で写真展を開いたり、講演もしている。月に一、二回は東京・渋谷の街頭に立って、運営費の募金を兼ねて演説もしている。怒りが口からほとばしる。 「福島では一つの家族の中でも子どもや若い人は遠くに避難、年寄りは地元に残るなど、家族まで分断された。原発事故の影響は多くの人生を狂わせた。それなのにどうして再稼働を許し、原発に頼ろうとするのか」

 吉沢さんは、浪江町の現状を厳しく絶望の町と表現する。 「大半の子どもは戻って来ないだろう。水源が汚染され、恐らくもうコメ作りもできない。工場など働く場所が再開することも簡単ではない。戻ってくるのは、二万人の町民のうち、十分の一ぐらいかもしれない」

 しかし、決して自暴自棄になっているわけではない。その目はまっすぐ前を向いている。
  「まずはそうした現実を受け入れないことには前に進めない。事故直後に逃げた判断は正しかったろう。しかし、被害やその後に起きた福島に対する差別は、逃 げて嘆いていても解決しない。一人一人が声を上げて、全国の原発を止めようとする動きに連帯し 
て闘っていけば、絶望が希望に変わっていくはずだ」

 警戒区域で作業をすれば、被ばくする。そのリスクは覚悟している。「家の中だと(被ばく線量は)半分ぐらいになる。この年なので、あまり気にしないけど」。ただ、内部被ばくの軽減についても、専門家と試行錯誤を続けているという。 吉沢さんは「今回ほど生命の問題について考えさせられたことはなかった」とつぶやいた。

 「多くの人が亡くなったり行方不明になったりした。家畜やペットも合わせれば、数え切れないほどの生命が失われた。自分も残り十年か二十年の人生だ。それを福島の人間の思いを伝えながら、国や東電、放射能と闘うために使いたい」

 よしざわ・まさみ 千葉県四街道市生まれ。東京農業大卒業後、父親が経営していた浪江町の牧場で酪農に従事。十数年前から、福島県内で7牧場を経営する有限会社「エム牧場」の傘下に入って、黒毛和牛の繁殖・肥育に取り組んでいる。

<デ スクメモ> 「町のアンケートを見ると、死にたい、意味がないと言う人が大勢いるんだよ」。吉沢さんはそう語る。彼の試みには賛否があるだろう。ただ、こ う話すのだ。「大勢の年寄りが生きがいをなくし、仮設住宅で死んでしまう。そうやって、人生を終わらせていいのかなと」。その言葉の重さに沈黙する。 (牧)





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意味ある写真  の1部  これなーんだ 勝手に想像を   

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