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 さて今の時代、 人の命・ を中心に据えると

 さて今の時代、 人の命・ を中心に据えると 「絶望」に陥リ易い時代です。死を宣告されれば誰しも感じるのは絶望的感情になるでしょう。これはわかります・愛する人の場合どうだろうか・これもわかリます。親子・かけがいいのない友人たちの場合。一人の命は地球よりも重いとおもうでしょう。 この間 私の身の回りに 亡くなる方が多かった。こんな中では気持ちがどうしても滅入ってしまいます。これは人の道を歩む限り避けられないです。でもね「絶望」に陥リ易いのは

人災による大勢の生命の危機 に直面し、あるいは苛酷な実態を知った場合どうだろうか。多くの国民は 311でその事実の一端を知るところとなりました。次の世代の人のことをヨリ深く考えるようになりました。私もその一人です。原発はいらないという声は民意になったといっていいいと思います。しかし

 一方で過酷な実態を受け止められていない人々がおおい現実 があります。

この間 風邪をこじらし ベッドと居間 往復の生活を送りました。5日目です。テレビも新聞も普段より多く見ました。世は選挙に突入しました。いわく 脱原発は非現実的・原発は核抑止のために必要・国防軍にする・憲法改定・等々が威勢よく飛び出しています。テレビはどのチャンネルも同じようにレストラン・料理・名所旧跡・サプリメント紹介・ドタバタを伴っての歌番組 ましなのは中村勘三郎逝去を悼む番組だけだった。

震災地震・原発事故などの報道は影をひそめ、政府 は放射線の恐ろしさを隠し、放射線被害を 軽く、低く 小さく 見せる路線で国民を安心させ 原発再稼働を狙っています。その証拠は、福島原発放射線の収束宣言直後に原発輸出に動き出したことでもわかります。輸出の利得のために「安心」と輸出先での「原子炉の燃料」が必要だったのです。日本の原発の再鼓動を急いだのはそのためでした。利得のためでした。

いまもって原発避難民が16万人がいるのに

福島原発事故原因究明と、収拾のめどが立てていないのに 収束宣言の傲慢さ

今日テレビで双葉病院など被災地にあった老人医療・福祉施設での悲劇が報道されていた。放射能避難移動中バスの中で11人命を亡くし、200キロ転々としてきたバスがやっと着いた いわきの底冷えのする体育館で50人亡くなったという報道です。終わりの見えない強いストレスのもとに生きる福島の住民、かえるに帰れない苦悩の住民。健康不安。私は先月閖上で福祉施設の悲劇後を見てきました。日本社会の高齢者を思いやる文化は一体どこにいいてしまったのだろうか。「福島の復興なくして日本の再建なし」などとうまいことを言って実は反対のことをやってきた今の政治。その動向を見るとき本当に絶望的な気持ちになります。おそらく現行選挙制度の中で民意を反映しない結果も予想されます。

小生はやや絶望気味ですが、とはいえ絶望するほどの感受性はないのかほどほどにいきています。しかし家族の暮らしを担い、高齢者の福祉を担い、仕事の責任を果たしている大勢の庶民がいます・絶望する暇もないしいろいろ同時進行で課題をこなし、細部に喜びを見出い、変化に希望を持って生きています。

生きてあることの意味を 歴史とじぶんの来歴にとらえ  過去たちの中に   仲間を捜し

対話し 探ってみたい。前向きな希望が湧きで出来るまで深めるべき時代に出会ったのだろ

うか。

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