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事例報告3:一人一人に向き合い、生き生きした組織をつくる

事例報告3

一人一人に向き合い、生き生きした組織をつくる

高橋 晴雄氏(○○大学 講師)

 私の前歴は生活協同組合です。単協と連合会を含めて大学生協に学生時代から25年おりました。その後、千葉の地域生協に178年おりました。そこを昨年辞め、組織からまったくはなれたところで1人の住民となり、地域と向き合うこととなりました

 与えられた題が「いきいきとした組織」という事でしたので、いきいきしない時はどういう時なのか、逆にいきいきした時はどういう状況であったのかと、この機会に私の42年に及ぶ協同組合の経験の中からすこし掬い取ってみようと思います

また定年後24時間地域住民になり市民活動をされている方々の輪の中に入れさせてもらいました。そこで気がついた事などをお話したいと思います。

  「いきいき」とは・・・「自発的に」「対等」に「共振」し「役割」をにないあう

活き活き」とは「」という字を書きます。生活の活です。活(かつ)というのは、別に読むと「はたらく」とも読めます。「うごく」ではなく、「はたらく」ということです。内側から起こってくる何かがはたらくのだと思います。生活というのは字のごとくそもそも活き活きしているもので、それが大方の「現場」、の「実態」だと思います。そんな実態が浮き彫りになってきたとき、そこから「何とかこれを解決しようよ」とお尻がむずむずとしてくる。そして、課題が見つかり課題がいっしょになり、実践が始まっていくそのプロセスがイキイキではないのか

 10数年ぐらい前にベトナムにはじめて行ったときのことです。ICA(国際協同組合連盟)アジアセミナーに出席の為です。ソビエト社会主義が崩壊して援助が来なくなり、6000もあった協同組合が一斉につぶれ始めたときに、それを何とかしたいという事で、日本の協同組合の話をせよということで参りました。あちらでは、上から与えられた物資を配給する機構が協同組合でした。敗戦直後の日本の話をすると、大変な関心と共鳴・質問が出てきました。日本の戦後は、長らく封じ込められたエネルギーがぐっと表に出て、色々な生活協同組合やたくさんの動きがでてきた話しをしました。

自分たちの協同組合は自分たちでつくる、自分たちで運営するという「自発性」の問題が共感を呼びました。またその時にメコンデルタ地帯を回り、わらぶき屋根の小学校やカンボジアにも足を伸ばし、義足センターなどへ寄りました。私はそこで出会った人たちの悲惨に見える状況下にあっての明るい表情や言葉を、そのまま持ち帰ってみんなに話し、カンパを集めました。その時「どうしてカンパしたのか?」ということも一緒に書いてもらいました。

「始めて子どもが貯金箱から持ってきてくれてうれしい」というお母さんや、「友達に交通事故で足をなくした人がいる」など、色々な人がたくさんいることがわかりました。その中には、「私の年金から出しますよ」と、100円出してくれた戦争で夫を亡くしたおばあちゃんがいました。そのおばあちゃんの話をすると、またお金が集まってきました。色々な動機、いろんな思いでお金を出し合うのです。

お金はただのお金ではなく、金額でもない。善意のお金は共感を呼ぶのです。2つの事例から言えることはイキイキのもとは内側からおこるということです。 まづ事実に「共感」しあう。ついで 「共にふれあい行動する関係」。自発がキーワードなのです。自発性が湧出するような組織や社会のあり方が問われると思います

 もう1つは、定年になってから「ふきのとう」という地元の福祉NPOに参加して改めて確信したことです。ここは色々な事をやっているのですが、学校の空き教室に障害のある方やお年寄り、子どもたちがおしゃべりできる喫茶店を作っています。そこでは、「助ける―助けられる」という関係もときに入れ替わり、みんな何らかの役割を持っていて「対等」です。みんなニコニコしていて、どんなに障害を持っていても、みんな「役割」があるとイキイキする事を学びました。宗教でも、イデオロギーでもなく、自分の家で困っている事をみんなでやろうというそれだけの事で、いきいきした世界、空間をつくれるのです

そして・・・協働

 先日、視覚障害者の人の家にいきました。お母さんも要介護の方です。たまたまその場に生協からの声の商品案内による生活用品が届きました。声の商品案内は、生協に100人くらいボランティアがいてテープをつくっています。それを聞いて注文するのですが、その方は「私の命綱は、生協とふきのとうです」とおっしゃっていました。目の不自由な方は冷凍品を区別することが出来ないので商品表示に点字を入れたりドライアイスが危険なのでそれをしらせる鈴をつけるなど、生協の組織の中に目が不自由な方が何が必要なのか、障害者の声を聞く感性があったので、改善を続けてきたのです。最近では市の福祉課の人たちが、商品案内のデモテープを不自由な方に紹介してくれるということです。行政と生協、ふきのとうなど、それぞれがやってきた事でつながる。そういう中で働く人も市民も視力障害者の人も活き活きする地域社会が可能な時代に入ってきたと思います。「地元」「当事者」「協同」がキーワド。三つがセットになって地域がいきいきしていくのではないか。「個」は「個」だけでは絶対活き活きしないという事だけははっきりしています。

一人一人に向き合う関係をつくると組織がいきいきしてくる

 そして、組織がいきいきするのは「一人一人に向き合う関係を組織文化にしようとする時」だと思います。大学卒業後職業として大学生協に関わりましたが、当時の協同組合とは社会的拮抗力、抵抗のために協同組合をどう活用するか?という社会運動でした。しかし、日常やっている事は食堂であり、購買であり、文房具であり書籍です。食事に対する不満や苦情がいっぱい来ます。そこで「一言カード」のシステムをつくりました。どんな意見も出せる。全てに回答する。カード一つ一つに返事を書くということからやりました。組合員が返事をもらうととても喜びます。初めてから一年間で全国の大学生協で30万筆集まりました。一つ一つ全部違う意見でした。はじめた当初それらに全部応えたら、生産性があわない、振り回される、職員が疲れる、今までの本来の仕事が出来なくなる、という声が圧倒的でした。しかし、それを押し切るだけの魅力があったのです。

 応え改善すると「うれしい」いう声が必ずでてきます。それを聞くと職員も喜びます。ありがとうといわれると、もっとよくしたいという善循環に入るのです。職員は声で継続的に動いたほうが成長します。受動の側に変化ないし成長が訪れます。一つの献立を改善するにも、配膳や仕入れなど色々な人と協同しなくてはいけない。一つの声に徹底的に応える事は、職場の改善になるし、横のつながりになる、連携仲間という事に発展するのです。

 意見には必ずコメントを入れてかえします。「この私」に回答してくれた。ということはものすごくうれしい。そして、声に応えよう、改善しようという姿勢が文面の中にあらわれていますから、そのやり取りが親しみのある「お便り」になるのです。こういう関係の活性化が「協同の」の下地になります。もともと生活者お母さんたちにとって、商品とはただの

「モノ」ではなく、家族に喜んで欲しいという思いで商品を購入し

ます。だから商品とは事柄(コトガラ)喜びです。職員の感性が高ま                      何時も

っていれば、その喜びを聞き出し、それに応えようと面倒な事も

出来る。それは効率を悪くする事ではなく、その人との関係がよ

くなり、さっきのような「共振」=トモブレ,金に変え

られない価値がぐんぐん上がっていくのです。結果利用も

増えます。

当たり前の「ねがい」から始まる、愛と協同の実践

 「当たり前のねがい」が全ての基礎です。終戦直後に

「子どもの口に入るもの」を求めて買いだしに行ってつくった

のが生協です。「ねがい」が一番最初で、ついで

ねがいの交流があります、運動といってもいいのですが、

それを実現する為に「一緒に・・・協同する」組織を自らつくる

ようにになります。そしてそれを日常的に「いつも」やり

たいといことで事業が始まるのです。そして、「もっ

とよくしよう」という思いが生まれてきて、お金や知恵を出し管理し合う「経営」になるのです。

 もし、これが逆転してしまったとします。はじめに経営ありき、それが中心になるとお金・資本・モノといった、見えるもの運べるものが最初にきます。つぎに「事業」がきて、ついでに「協同」が共同作業として出てくる。「ねがい」は後回しになる。倒れかねないので管理棒として色々な制度、ルール、マニアルにのみ頼っていくのです。権限でやろうとする。こうなってしまうと、イキイキではなくイキ苦しさが支配しひいては倒れてしまいます。

 いきいきしないのは、実態に関わらない人があれやこれやと差配している、あるいはみんなに指示命令し徹底していく仕組みをつくるからではないでしょうか。上は、アンケートなどをやって裏づけを取ったかのように「正しいこと」を言います。正しいことには誰も反論できません。しかし、間接的なものにたよるではなく、「働く場」や「暮らしの場」から直接的な対話で掬い上げる、切なるねがいを一番大切にし、しっかりとしそれを土台にしていく事が大事なのに、意外とこれが見えにくいので、忘れられてしまいがちです。全ての実践の起動力は「愛と協同」です。自分の子ども、家族、隣近所、ここで言う運動は全部「わたくし」から始まり「私たち」になります。「私・公融合」です。あくまでも1人のねがいから始まって、それが重なりあったときに、「一緒に」という協同が生まれ、その継続発展のために組織と経営が大切になっていく。そんな関係があり方の要諦ではないでしょうか。

 「おしゃべり」「一緒に振り返る事の出来る実践」・・・共有世界をつくる

 元気な組織になるのは、思ったことを何でもいえ、いった事でとがめられない体質があるところだと思います。私も地域生協に行き、男性の多い世界から女性が多いの世界に入りました。ここでは理事会などでも、朝から夕方の5時くらいまでおしゃべりしてなかなか決まりません。男の社会だったら一時間で決めるところです。でも、決めてもなかなかやりません。女性の方たちは、限りなくおしゃべり的交流ですが、そこに共感が生まれるのです。その違いが非常に大きい。「おしゃべり」には「えらいさん」がいません。何でもいえる場であり、言うのと聞くのが常に一致していて、心が開かれています。そこに「偉いさん」がいると「こう言う意見だ」とジャッジしてしまい、みんな黙ってしまいます。「おしゃべり」的世界をどうつくるかが民主化のバロメーター的課題だと思いますがいかがでしょうか。

 失敗の扱い方でもわかります。失敗はしょっちゅう起こります。自分の失敗を隠さない体質を作れるかどうかです。成功事例を中心にしながらも、失敗事例をもちより、事例研究会、交流会のようになる事が必要だと思います。たいてい私たちは効率を上げたいので、1、何々2、何々という風に課題を出して、下のほうに強制する仕組みにしたくなります。しかし、色々な事例のその意味を重ねあわせ、そして、一緒に実践する事が大切だと思います。物事を決めても同床異夢なら、行動はバラバラになってしまいます。振り返りも何も出来ず共有世界が出来てきません。「一緒に振り返る事が出来る実践」をして、その組織にとって望ましい事、よいと言えることがみんなで共有されていれば、ばらばらになりません。それぞれの場面を読み取る能力のようなものが付いて、自由闊達に即興劇が出来るようになるのです。

組織の感性を高め、小さな単位で横のエネルギーを使える場をつくる

 先ほどの「一言カード」の話でも、そのカードの中から本当の気持ち、みんなの暮らしの「ねがい」を受け止めようなおしゃべりの輪が出来るかどうか大切です。運動、や動員。あるいは売り上げ販売促進の手段としてみんなの意見を聞くのは、本末転倒です。「願いを聞く」とは、相手の願いを聞くというよりも、「自分、そして組織の感性を高めるため」に大いに役立ちました。これからのあり方につなぐため反省を込めて言えば、小さい単位の開かれた組織をつくり、横のエネルギーを使って場を作っていく、縦はそのよき場作りのためにあるということでしょう。縦横斜めの関係、交わりの価値創造をしていけるところに未来があるのではないか。社会心理の解体をもたらしている近代日本社会の中で「向き合いの価値」に期待をこめるものです。市民活動のリーダーはその場に身を置いていっしょに悩んだり、喜んだりする中で自分が変わり、回りが変わっていく、よりよき生き方のための「よい場」をつくる即興劇の理解者ないし演出者では

ねがい。ニーズ

 協同・組織

     事  業

        経  営

願い・・子どものために良い食料を,安心な生活を

一緒に・・協同・組織

何時も・・事業

もっと・・経営

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