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栗山川 房総九十九里にそそぐ小さな川

栗山川 房総九十九里にそそぐ小さな川

二〇〇五年 秋 川口堰に魚道が出来 長らく途絶えていた遡上が始まった

太平洋を回遊してやっとたどり着いた鮭たち

川口堰で捕獲され 人工的に孵化し放流された鮭たち

4年たち 回遊の後 たくましく遡上始めた鮭たちが

ここは栗山川 

鮭の祖先が有史以前からたどった川 

水源地多古や 山田町の谷津田湧水につながる川

今 原郷にたどり着く前に 堰で阻まれ 

やむなくコンクリートのうえに産卵させる川

一生で許されるたった1回だけの産卵だというのに

おびただしい卵がコンクリートの上を漂い 

橙色にうずまき底に固まり 生のリレーを断ち切らせる川

なんたる無惨  なんたる散乱

連綿とつづいた死の新たな生への転換はこのようにして断ち切られた

いったい人の歴史はいつから循環の機会を奪ったのだろうか

回帰のリズム 自然のルールを見失ってから久しい国 この日本

ツケの大きさにきずかずに なすべき事をしないままに 

小欲のため未来への大欲を見失ったGDP信仰の国

この先にあるのはただ殺漠 茫漠  茫洋と広がる世界だろうか  

だが ここに

心を痛めて立ち上がり始めた人たちがいる 横芝 光町からはじまり多古 

山田町につながる流域の人たち がいる

山倉めがけてひたむきにのぼりゆく鮭に心うたれた多くの人たちがいる 

鮭よ戻れと孵化させ放流し続けてきた栗山川漁協の人たちがいる

鮭が安心して遡上出来るように現地に

手をさしのべ始めた人々 水辺に心を配ってきた里山メンバーがいる

はたして 適うだろうか 

間に合うだろうか 再生できるだろうか

未来永劫  この地に  鮭が安心して産卵できるように

遡上の姿をいつまでも子どもたちが見る事が出来るように

誇りうる故郷のために

多くの人の心の重ねあいが始まった。

彼はいま確かに再生への蠢動を感じ始めた

蘇生の方法は?その解は?彼はいう

川と海 谷津田に森林  田んぼに畑 が手をつなぎ

古来より奉納の鮭がとりもつ つながりの文化のなかで

感動を取り戻し 

感性を呼び戻すこと

未来に思いを馳せ鮭の身になって怒り

鮭 =自然を追いつめた 私欲効率社会

からの脱却にギヤチェンジすること

それは

田古米を育て  鮭をはぐくむ水げんちに

襲いかかろうとする 近代の負の遺産 産廃

水源地の染井に産廃敷設を許さないことから始めること

ここは栗山川 

 二〇〇5年  冬

河口には源郷をめざし必死に遡上する鮭たちがいる

森や里地からの清冽な水と産卵の砂利地があることを疑うことなく

のぼり始めた鮭たちがいる

なんというすばらしい  命の営み  無欲な姿  エネルギーだろう

しかし待っているのはにごった水 コンクリートの産床  満身創痍の仲間たち

古来生死の転換は自然のリズムの中で行われるはずのものだった

再び心を合わせたい  満身創痍の鮭の身になって 手をつなぎたい

いきとし生きるもの皆自然の恩恵のなかあるという当たり前のことを識る為に

千葉が恥葉にならないために

水源地に産廃敷設を許さないために

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