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自然なお果子

自然なお果子
                         お果子とは おかしな間違った書き方と思われるでしょう。でも、お菓子は昔「果実 果物」をさしていたらしいのです。果物の「」が「」にかわったのはいつ頃からか。いずれ同好会の佐々木満さんに教えていただくことにして,早速お果子のことにうつりたい。


ときは秋、栗。柿。いちじく。くるみ。

栗はいつも「曼珠沙華(彼岸花)」と共にやってきます。
 子供の頃、甘いものに飢えて育った「ボク」は今でも「クリ」と聞いただけでヤッターと声をあげたくなります。

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Sdsc00701_1 孫が来るので拾ってるのと87歳の0さん。山梨にて
 

去る97日、Aさんの栗林で栗ひろいがあり、35名集まったそうだが行けなかった。残念でならない。このAさんは「地元農産物を大切にする農家と市民の会」のメンバーである。もう1人のメンバーのである会の会長のAさんは私の散歩道(成山)で畑を耕している。昨秋、落ち葉で焼いた焼き芋をしゃがんでご馳走になった。食事外に仕事で疲れた合間に食べるものを、その昔は「クァシ」といったそうだから、こういうところでおしゃべりしながら食べる「焼き芋」こそ本物のお菓子の名にふさわしい。ここは無残に開発された成山の一角の森の中。みそらの対面の成山に残り少なくなったホッとするところ。

だからこの地でサトイモやショウガ、落花生などを作ってくれているAさんのような農家の方は、美味しい野菜だけでなく自然の景観を私たちに提供してくれる大事な人たちなのだ。この会では来る10月5日  19日、8時から10時 みそら集会場前庭で12日は、第四幼児公園(集会所Sdsc00478のとなり)で「朝市」を予定している。ぜひ、のぞき、手伝いたいと思っている。

 話を「お果子」に戻そう。栗にかかわるお菓子はいっぱいある。マロンケーキは四季に関係なく、洋菓子店にあるが、私の場合季節感があふれる和菓子に軍配をあげたい


 秋はくるみ。おふくろが蒸かしてくれた「ユベシ」の上にちょこっとのっている「くるみ」。クルミの実を荒縄にくるんで鉄づちでたたきわり、ほじくって実を取り出し、ユベシの中に入れる。そばにはとってきた小さい栗(今はないなあ)が湯気を立てていた。
 こんな風景は、誰にでもある思い出であろう。でも私の息子の世代はどうだろうか。
季節の折り目、節目を味わったことは学校の試験か、スキーシーズンぐらいだろうか。この半世紀日本人が失ったものの一つに季節感がある。お菓子の世界でも、ケーキ、チョコレートが大手を振っている。しかし、和菓子には季節感がにじんでいる。


 春、ヨモギが萌える頃は草もち、花見の頃には桜餅、その前に梅の匂うころに、のし梅があり、五月には柏の葉にくるんだ柏餅、牡丹の季節には「ぼたもち」秋に転じては「お萩」。ハレの日の家で作った牡丹餅は、一緒に食べた家族の顔が浮かんでくる。もちろん、千葉神社前の豆大福、東千葉駅前の特大おはぎ、大多喜駅近くの餡のいっぱい入った最中も最高。米屋の塩大福、佐原の和菓子たち、いずれも庶民派のとびっきりの味だが、これとてハレの日に田舎で食べた手づくり牡丹餅にはおよぶまい。


 は枝豆ふかして皮をはぎ、すり鉢で摺りつぶして餡にして、もち米を包む世に言うずんだもち(豆打もち)。団欒のお菓子の筆頭だ。漬物とも合性がよい。 夏はまた水菓子、お祭りの綿菓子、ところてん、秋は上記に加えて柿やサツマイモ、葛、ごぼうにちなんだ菓子は、ごまんとある。新年は、花びらもちからはじまる。


 和菓子屋をのぞくと四季折々の香りやかたち、いろんな模様に色デザインが目に飛び込んでくる。まさに総合芸術品。もったいないのでチビリ、チビリ食べることになる。その道の通に聞くとチマキ一つ作るのも、湿度、気温、水、原料、餡の練り方に細心の注意を払うという。京都の友人(和菓子の京都、岩波新書、著者 川端道喜に詳しい)に粽を頂いた時、和菓子のデリケイトさと奥床しさに恐れ入ったものだ。

 これを機にそれまで「酒も飲めない」という視線をあびてきた私は、甘党を隠すことをやめたのである。

 あと何年生きられるかわからないが死ぬまで庶民派甘党として四季を食したいものである。そしてお果子に限らずに色々な季節の移ろいを味わい、此の世も、この日本も、四街道もこの時代も生きるに値するところだったと言えるようになっておわりたいものだ。

 最後に一言。酒飲みの元気な皆さんに。

季節をおって仲間と飲む酒は、格別のことでしょう。でもね、お菓子もたまにめしあがってはいかがでしょうか。いま甘いものがお嫌いでも幼い頃のおもいではきっとあるはず。金子みすずの詩にかたらせましょうか。よくこの詩をよめば貴方の中の自然(じねん)が目覚め、甘党に寛容になることうけあい。甘酒も酒のうち、甘の季節が待ちどおしい。

  いたずらに一つかくした         おいてみて    

  弟のお菓子。              とってみてまたおいてみて

  食べるものかと思ってて、        それでも弟が来ないから

たべてしまった             たべてしまった  

一つのお菓子              二つ目のお菓子

母さんが二つっていったら        にがいお菓子

どうしよう                 かなしいお菓子

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