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人を活かすやおよろずの神の住むところ

  人を活かすやおよろずの神の住むところ

No12

        

同好会ができたてのころSさんがいった。「身近な自然でこどもたちを遊ばせてあげたいんだよ」 と。確かに子供は自然のなかで遊んでこそ一人前の人間になる事が出来るという。亡くなられたSMさんは旧村などに残る神社の来歴やしきたりをしらべ語り残していただいた。古より子どもの心技を育てた景観の表現でもあった。鳥の下では黙々と体を動かす人たちによって休耕田がめだかの池やホタルの生息地に変貌し訪れる子供や家族がホットできる景観になっている。

定年になり時がたつにつれ

環境 景観とは「そこの生き物 動植物とひとびとが一緒に住んでいるところ」とその大切さを実感的に認識できるようになってきた。先達のおかげだ。当然にも生き物というのはみな「命」がある。

いま命を顧みない痛ましい子どもの事件があいついでいる。あるかたは言う。「子供たちが命の大切さを知らないとすれば、それはいのちの大切さを教えなかったからではなく 大人たちが豊かな自然のある空間を顧みることなく命をないがしろにする振る舞いをしてきたからである」と。

実はそれを実感したのは鮭が成田近くの多古町まで遡上していることを若い人たちに写真映像つきで話したときであった。「エーウソーわくわくするなー」「この千葉に?おれ栗山川のそばに住んでいるのに知らなかった。おれの生まれたところだよ、ほこっていいよなー」「さけの映像を見て子孫を残すための必死の姿、感動した。」「まだこんな場所もあるのか。

千葉には汚い川しかないと思っていた」と次々に感動の表情でかたる。ついでさけの遡上の環境が厳しい写真を見せると「俺がにごった汚いプールで泳ぐのと同じだ、」「コンクリートで産卵させるなんてひどい」「なんか悲しい」「はじめ感動したが安心して遡上できるようになってからやるべきだと疑問に思う」という意見が出始め鮭奉納の写真には「崇める大切な行事がされているのにそれにきづかず、自然の恵みに対する感謝さえなくなっている」そして「鮭からもらった恵みを鮭のすみよい環境づくりをし恩返しすべきだ」。若者のみずみずしい感性の言葉や文に接し「今時の子供は、若者は」と言いかねない自分がはずかしくなってくる。若者だけではなかった。

ある友人から

「素晴らしい話題ありがとう。生きるために不可欠な「水」が、山の涌き水や川から得ていた時代と水道やコンビニから手にすることが出来る時代の日常意識の変化=川や涌き水を生み出す山に感謝し大切にしてきた循環・持続思考文化から短期的な人間効率優先文化へ=「自然に対する感謝・配慮の欠如」・・・・その限界が見えてきたようですね。これも「人類生存システム」からの警鐘でしょうか。性善説で扉を叩き続けましょう」と。

鮭に出会ったのは2年前「むくろじ」の参考にと訪れた多古町染井の自然公園の会長代理のTさんと漁協のOS、S、Oさんらの計らいによるものであった。

2005栗山川・しゃけの遡上の南端

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