« | トップページ | 里地の畑・ 団地の花たち 夕日と朝日をあびて・17日を挟んで »

被災地に足を運ぶ

被災地に足を運ぶたびに

現地に足を運ぶたびに被害の大きさを改めて痛感する。

時間が止まったような現場、瓦礫だけではない。福島原発事故周辺は「収束」どころか、被災者のからだ、こころ、くらしのすべてにわたり、苦しみをあたえているいる。

「政府」は福島の苦しみから離れ、何も学んでいない。苦しみの原因である原発事故の徹底究明を抜きに大飯原発の再稼働を昨日決めた。福島の人たちにどんな申し開きが出来るのだろうか。

この国に生まれた不幸を嘆かないように、できるだけのことをしていきたい。

来週福島、広野町から福島原発地域に行く予定だ。この目と心に焼きついたものを

いずれ語りたい。

その前にわが町に避難された方、野菜を支援している給食センターの方への昨年のインタビュウーを再掲する。初めての出会いだったので。

これを念頭に来週現地に行くつもりだです。

福島原発避難者にとって一番つらいこと                         

所用の電話の最後にこんな質問をしてみた

 一番つらいことは何ですか?

 家族がバラバラになったことです。

 わかるような気がします。(実は本当にわかっているとは言えないのだが)

 あの日からバラバラになってしまっています。子供二人は新潟の親戚に。両親と夫はよそで、仕事の関係もあるし。私はこの地でこうして単身で。

 (福島原発から)20K以内だったんですね。

 そう、家も流されました。

 (南相馬)そこで貴方は一生懸命・・・・  (言葉が出ない)

 皆んな私の子供たちですから――ここは学校給食センタ――

(彼女は、給食管理者)

 今度行ったときその子供たちに会いたい。隣が学校でしたね

 どうぞ。

この世に観音様のような方は確かにいる。確かにいる。

今、私の仲間は、南相馬の子供たちのために野菜を集め始めている。私のところにも集まってきた。これから取りに伺う。14日それを積んでHさん2トン車で南相馬に向かうことになっている。

その2

同じ団地に引っ越してきたHさん夫妻と

私 大変でしたね。何かやってほしいことあります。お互い様ですから。

H夫人 この辺わからなくて、・・お店とか(その後連れ合いは各所を案内したようだ。)

私 (次の日)母を引き取ることになった方が同じ団地にいて、その娘さんであるAさん夫妻が「おばあちゃんの家の家財を見て入用なものがあったらあげたい」と言っています。私が案内しますので、もしよかったら

――三日後おばあちゃんすむ家を訪ねると――

  どうぞどうぞ。何でもご入用でしたら差し上げます。

私 ( Aさんのおばあちゃんにむかって低い声で)。馴染んできたものを手放すってさびしくありませんか? 

Aさんおばあちゃん。 使ってもらうと私もうれしい。(とにこにこ顔)

H夫人 この洗濯バサミ、孫が来るのでこのコップをください。

Aさん。これどう?(次々に生活必要となる夏掛けなどをさしだす。きれいにたたんであった。――そういえば雪の降る日に避難したので夏物はないHさん夫妻だった)

Aさん このサイドボードいりますか?。

H夫人 いただきます。(私にむかって)また連れてきてもらえますか。(旦那さんは足を痛めていて近く入院するという。この日は同行されていました)

  いいですよ。帰りは旭が丘の電気屋さん寄りしましょうか。(玄関のブザーが壊れていて電気屋さんに連れて行ってといわれていた)

Hさん  何もしないのはつらいねー。(帰りの私の車の中で)

こうして近所付き合いが始まった。

Hさんは強制退去の日まで富岡町で10町歩を耕していた。有機米500表と有機野菜を千葉にも送っていたという。

冷厳な事実・・・原発は彼からすべてを奪った。故郷、仲間、仕事。7代続いた家、墓を奪った。艱難渦中の人たちから、生きるだけでなく、生きていくことの意味をまなびたい。問いつづけたい。

|

« | トップページ | 里地の畑・ 団地の花たち 夕日と朝日をあびて・17日を挟んで »

1この社会のこと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1022904/45700892

この記事へのトラックバック一覧です: 被災地に足を運ぶ:

« | トップページ | 里地の畑・ 団地の花たち 夕日と朝日をあびて・17日を挟んで »