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歴史は繰り返す 広島長崎・ビキニそして福島・・・大江健三郎

大江健三郎氏がアメリカのニューヨーカーという雑誌に、私のことも書いていると言うことで送ってくれたものです。読んで見て下さい。大江氏とは5月9日に対談する予定になっています。大石又七

「歴史は繰り返す」大江健三郎

偶然にも地震の前日、朝日新聞の朝刊に数日後に掲載される予定の原稿を書いていました。一九五四年

ビキニ環礁の水爆実験で被爆した、私と同世代の船員についての記事です。彼の境遇を初めて耳にし

たのは、十九歳の時。その後も彼は、「抑止力」神話と抑止論者の欺瞞をあばくことに人生を捧げてい

ます。

思えば、大震災の前日にあの船員のことを思い出していたのは、ある種の悲しい予兆だったのでしょう

か。彼はまた、原子力発電所とその危険性にも反対して闘っておられるのです。

私は長いこと、日本の近代の歴史を、広島や長崎の原爆で亡くなった人、ビキニの水爆実験で被爆

た人、そして原発事故の被害にあった人という三つのグループの視点から見る必要があると考え

てきました。この人たちの境遇を通して日本の歴史を見つめると、悲劇は明確になります。そして

今日、

原子力発電所の危険は現実のものとなりました。刻一刻と状況が変わる中、事態の波及を抑えるた

に努力している作業員に対して敬意を表しますが、この事故がどのような形で収束を迎えようと

もその深刻さはあまりにも明白です。日本の歴史は新たな転換点を迎えています。いま一度、私た

ちは、原子力の被害にあい、苦難を生き抜く勇気を示してきた人たちの視点で、ものごとを見つめ

る必要があります。今回の震災から得られる教訓は、これを生き抜いた人たちが過ちを繰り返さな

いと決意するかどうかにかかっています。

この震災は、日本の地震に対する脆弱性と原子力の危険性という二つの事象を劇的な形で結びつけまし

た。前者は、この国が太古から向き合ってきた自然災害の現実です。後者は、地震や津波がもたらす

害を超える可能性をはらんだ人災です。日本はいったい、広島の悲劇から何を学んだのでしょう

か。二〇〇八年に亡くなった、現代の日本の偉大な思想家の一人である加藤周一氏は、核兵器と原子

力発電所について話をした時、千年前に清少納言が書いた『枕草子』の一節を引用して、「遠くて近

きもの」だとしました。原子力災害は遠く、非現実的な仮説に思えるかもしれませんが、その可能性

は常にとても身近なところにあるのです。日本人は、原子力を工業生産性に換算して考えるべきでは

ありません。広島の悲劇を経済成長の見地から考えるべきではないのです。地震や津波などの自然災

害と同じように、広島の経験は記憶に深く刻まれているはずです。人間が生み出した悲劇だからこ

そ、自然災害よりも劇的な大惨事なのです。原子力発電所を建設し、人の命を軽視するという過ちを

繰り返すことは、広島の犠牲者の記憶に対する、最悪の裏切り行為です。

日本が敗戦を迎えた当時、私は十歳でした。翌年、新憲法が公布されました。その後何年にもわたっ

て、軍事力の放棄を含む平和主義を明記した我が国の憲法や、その後の「核兵器を持たず、作らず、

ち込まさず」という非核三原則が、戦後の日本の基本理念を正確に表現しているのか自分に問い続

けま

した。あいにく、日本は徐々に軍事力を再配備し、六十年代の日米の密約によって米国が日本列島に

兵器を持ち込むことが可能となり、それによって非核三原則は無意味となってしまいました。しか

し、戦後の日本の人道的な理想は、完全に忘れ去られたわけではありません。死者が私たちを見守

り、こうした理念を尊重させているのです。そして、その人たちの記憶があることによって、政治的

現実主義の名のもとに核兵器の破壊力を軽んじることができません。私たちは矛盾を抱えています。

日本が米国の核の傘に守られた平和主義国家であるというその矛盾こそが、現代の日本の曖昧な立場

を生み出しています。福島の原発事故がきっかけとなり、いま再び日本人が広島や長崎の犠牲者との

つながりを復活させ、原子力の危険性を認識し、核保有国が提唱する抑止力の有効性という幻想を終

わらせることを願います。

一般的に大人であると見なされる年齢の時、『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』という小説を

きました。そして人生の終盤に差しかかった今、『後期の仕事(レイター・ワーク)』を執筆して

います。今の狂気を何とか生き延びることができれば、その小説の出だしはダンテの『神曲』地獄篇

の最後の一行からはじまるでしょう。--かくてこのをいでぬ、再び諸々の星をみんとて。



大石さんから私へののメールから

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