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「春よ こい  ホータル こい」

          待つ時の気持ち  

「良い子の皆さん、まもなく5時になります。気をつけて家に帰りましょう。

夕方5時、どこからともなく、聞こえてくるのが子供たちに帰宅を促す有線放送の声である。私の小さい頃はどうだったろうか。夕闇迫る頃 遊びほうけている私を探しに空き地まで母や姉がやって来て「ごはんだよーーはるおーごはんだぺさ」と。もっと遊びたい僕には恨めしく聞こえたものだった。しかし親父の一喝が怖いせいもあってか、お腹も空いたこともかさなって、6歳から11歳までの小学生7,8人の仲間も僕もパッと飛び散るようにかえったものだ。「からすと一緒にかえりましょう(夕焼け小焼け)」なんて悠長に歌ってかえる場面ではなかった。最も「空にはきらきら金の星」が輝いていたはずだが。

あれから半世紀以上隔てビルに囲まれた生家の空にはキラキラ星も夕焼け情景もすでにない。

みそらの夕方

「みそら」の今はどうだろうか?チャイムが鳴る寸前に散歩にでてみた。いない、こどもがいない、どこにもいない。小学校が近くにあるから子供がいたっていい筈だ。やっと新築入居が10数軒ならぶ宅地の路上でボールけりをやっているのに出会った。チャイムなんぞ聞く耳持たない健全な「良い子の皆さん」にホットしながら成山の森に足を伸ばした。私はこの森に惹かれたこともあって19年前引っ越してきた。しかし十数年このかたこの森で子供に出会ったことがない。森から子供達がいなくなってどのくらいたつのか。「みそら」の対面に展開する成山の丘陵で畑作を営むAさんやSさん(ご両人ともTさんとともに毎週日曜日みそら朝市に新鮮な野菜を出しみそら住民に喜ばれている方たちなのだが)に散歩中に畑でよくであった。焼き芋をご馳走になりながら聞いたことがある。「わしらの子供時分この辺はうなぎ なまずがいっぱいいてよ。青年時分ではなにかあるとよくとって皆で食ってたなー」と。もちろんホタルもわんさかいたという。ホタルだけは連綿と続き1昨年は約400尾昨年は200尾カウントされている。今年はどのくらいいるか。みそらの同好会の方々と調べることにしているが年々減少しているだけにとても不安だ。照明光や水の汚れや耕作放棄地などがホタルに忌みきらわれているらしい。

旭丘とみそらのホタル

 四街道に引っ越してきた頃ホタルを求めて散歩の範囲を旭丘にのばした時のこと。草むらに隠れて子供の通るのを待っていたIさんに出会った。なんとたまたま通った子供の前にふいに飛び出しホタルのところに導き見せたのであった。Iさんのこの行為 この気持ちが後々ホタルの生息地をまもる取り組みにつながっているとみる。みそらはどうか。旭中学校下は四街道一位のホタル数を誇るところだ。ゴミに心を痛めていたTさんの提起で『四街道きれいにする会』がホタル生息地のゴミかたづけをした。続いてみそら住民のMさんらが「生息地の整備」に人を誘っている。私は腰痛がひどく見ているだけで申し訳ないのだが、通る子供にホタルをみせることはできる。何年か前Iさんに習ってやったことがある。通りかかった二人の中学生にこぶしの中にホタルを隠しておいてふいに目の前に突き出した。ウワーと声を立て感動とも感嘆ともつかない様子にこっちがびっくり。「どこに住んでいるの?」ときくと上を指してここ「みそら」という。そばに住んでいてホタルが身近に見ることが出来たのに。もったいない。

一列縦隊で家路を急ぐ子供たち と むくろじの悪がきたち

さて先の散歩に話をもどす。成山を降りて住宅地に入ってきたところで「プール学校」名の送迎バスが子供をおろして走り去っていった。また有線放送の『良いこの皆さん~』が頭をよぎった。良い子の皆さんはこの時間、「外」にはいないのである。少なくてもこの地域に関する限りいない。にもかかわらず「良い子の皆さん、家に帰りましょう」と呼びかけるのは『暗くなると危険ですよ、お勉強の時間ですよ』 もしかして外にいるかもしれない子供たちをそういって追いかけまわしているようにきこえてくる。

そういえば下校時大人を先頭に一列縦隊で家路を急ぐ子供たちに出会ったのもこの地域であった。事件が続発しているのでやむをえない措置だとしても、学校と家の間にある道草も自然もおしゃべりも消去した光景であった。のびのびと遊ぶために生きている子供の人権を奪った光景でもあった。その翌週久しぶりに鳥の下自然公園に立ち寄ってみた。誰もいない静寂さがもつすがすがしさにホッとする。しばらくして6人の子供が自転車でやってきた。網の中にザリガニをいれている。他所でとってきたザリガニをここで放し、ここでとったザリガニをそこに持っていくのだという。意味はわからないが彼らなりに想像をたくましくしているのだろう。こう見ると夕闇迫る頃も毎日多くの子供たちがきていることがうかがえる。いまどき数多のゲーム機器をしりめに子供たちをひきつけるものは身近な自然であり ザリガニ(生き物)であり 静かな空間であり昆虫などではあるまいか。子供はいい場所いい機会がありさえすれば本性は昔とちっともかわらない。せっせと鳥の下のムクロジづくりをしてきた人たちはいまホタルと共にこんな子供たちを待っている。

 

ホタルこい。早くこい  待つということ

幼児のころ霜柱を裂くように水仙の芽がではじめたのを庭先で見つけたときのワクワクした気持ちが60年過ぎた今も確かにのこっている。冬は「もーいくつ寝るとお正月」をうたい春は「菜の花畑に入日薄れ」秋は『里の秋』を口ずさみ晩秋は『ふけ行くー秋の夜』次々に季節の移ろいを感じさせる歌がたくさんある。いまどきの子供に叙情中心の歌ははやらないと思うが、わが世代は子供から季節感を奪ってきて、「もっと早く」「もっと多く」「誰よりもできる」ようにとせきたててきた罪は大きい。「待つ」ことで心豊かになることを忘れてきたようだ。

(レーチエルカーソン ・センス・オブ・ワンダーより)

・・・・・・子供たちの世界は、いつも生き生きして新鮮で美しく、驚きと感激に満ち溢れています。残念なことに私たちの多くは大人になる前に澄み切った洞察力や美しいもの、畏敬すべきものへの直観力を鈍らせ、あるときはまったく失ってしまいます。・・生まれつき備わっているセンスオブワンダーをいつも新鮮に保ち続けるためには、私たちが住んでる世界のよろこび、感激、神秘などを子供たちと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、少なくとも一人、そばにいる必要があります。・・子供たちが出会う事実の一つ一つが、やがて知識や知恵を生み出す種だとしたらさまざまな情緒や豊かな感受性はこの種をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子供時代は、この土壌を耕すときです。・・・・・・

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