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2012年6月

   地震 ふくしま

ドイツ放送のフクシマについての取材報道

なお所要時間は35分間くらいです。


http://www.dailymotion.com/video/xpisys_yyyzdf-yyyyyyy_news 

世界の地震

そして、3.11

http://www.youtube.com/watch?v=zNGqDRElI44

誰かがYouTubeに再投稿してくれた貴重な動画
 『チェルノフイリ原発事故・終わりなき人体汚染』(1~4)49
        http://www.youtube.com/watch?v=uPFcn23q7uc&feature=youtu.be

チェルノブイリ

○『チェルノブイリ~大惨事の環境と人々へのその後の影響』
の紹介とともにご覧ください。
http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/

訳がついています。今後の日本に参考。

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原発並べて武力を持つことがどんなに危険か 紹介 

原発並べて戦争できない。

(実際に長年原子炉設計に携わった原発技術者  山田太郎。雑誌世界

私は次のような趣旨の論文に改めて衝撃を受けました。

「原発並べて武力を持つことがどんなに危険か。日本の原発は敵が引き金を握った核兵器である。ひとた

び武力攻撃受けたら日本の国土は永久に人間は住めなくなる」。そのわけは「通常兵器によっても原子炉

格納庫は破壊され、原発1基で広島の2百倍の核燃料も使い済み核燃料も取り出せなくなり。冷やすこと

も閉じ込めることもできなくなる。(実際に長年原子炉設計に携わった原発技術者  山田太郎。雑誌世界

掲載)」という―原発並べて戦争できない――原発と憲法の関係――の論文です。

注     原子力関連法案にどさくさまぎれに「安全保障を入れた」  非核3原則が踏みにじられた

ほっとしたいので   赤しろ緑  きれいだな  香りが見える光景

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こけ

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掲載より)

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大飯再稼働の議論の中では、一言も触れられなかった福井大地震の惨状です。

関西の友人からのメールの掲載です。あまりにも重要な内容なので載せちゃいます。見てびっくりしました。
S23年6月28日午後5時14分に発生した福井大地震の記録映画が発見され、you-tubeにアップされています。ぜひご覧ください。
 大飯再稼働の議論の中では、一言も触れられなかった福井大地震の惨状です。
 先日「もんじゅ」を見学してきました。そのとき福井の原発の海面からの高さについて質問したところ、「もんじゅ」27メートルの高さがあるから大丈夫という説明につづいて、「日本海側は大きな地震は少なく、津波の心配はありません」という返答でした。
 あの時福井大地震のことを知っていたら、という思いです。
大飯再稼働に際して福井大地震がとりあげられなかったのが不思議です。活断層の危険性はかなり指摘されていたのに…。

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歴史は繰り返す 広島長崎・ビキニそして福島・・・大江健三郎

大江健三郎氏がアメリカのニューヨーカーという雑誌に、私のことも書いていると言うことで送ってくれたものです。読んで見て下さい。大江氏とは5月9日に対談する予定になっています。大石又七

「歴史は繰り返す」大江健三郎

偶然にも地震の前日、朝日新聞の朝刊に数日後に掲載される予定の原稿を書いていました。一九五四年

ビキニ環礁の水爆実験で被爆した、私と同世代の船員についての記事です。彼の境遇を初めて耳にし

たのは、十九歳の時。その後も彼は、「抑止力」神話と抑止論者の欺瞞をあばくことに人生を捧げてい

ます。

思えば、大震災の前日にあの船員のことを思い出していたのは、ある種の悲しい予兆だったのでしょう

か。彼はまた、原子力発電所とその危険性にも反対して闘っておられるのです。

私は長いこと、日本の近代の歴史を、広島や長崎の原爆で亡くなった人、ビキニの水爆実験で被爆

た人、そして原発事故の被害にあった人という三つのグループの視点から見る必要があると考え

てきました。この人たちの境遇を通して日本の歴史を見つめると、悲劇は明確になります。そして

今日、

原子力発電所の危険は現実のものとなりました。刻一刻と状況が変わる中、事態の波及を抑えるた

に努力している作業員に対して敬意を表しますが、この事故がどのような形で収束を迎えようと

もその深刻さはあまりにも明白です。日本の歴史は新たな転換点を迎えています。いま一度、私た

ちは、原子力の被害にあい、苦難を生き抜く勇気を示してきた人たちの視点で、ものごとを見つめ

る必要があります。今回の震災から得られる教訓は、これを生き抜いた人たちが過ちを繰り返さな

いと決意するかどうかにかかっています。

この震災は、日本の地震に対する脆弱性と原子力の危険性という二つの事象を劇的な形で結びつけまし

た。前者は、この国が太古から向き合ってきた自然災害の現実です。後者は、地震や津波がもたらす

害を超える可能性をはらんだ人災です。日本はいったい、広島の悲劇から何を学んだのでしょう

か。二〇〇八年に亡くなった、現代の日本の偉大な思想家の一人である加藤周一氏は、核兵器と原子

力発電所について話をした時、千年前に清少納言が書いた『枕草子』の一節を引用して、「遠くて近

きもの」だとしました。原子力災害は遠く、非現実的な仮説に思えるかもしれませんが、その可能性

は常にとても身近なところにあるのです。日本人は、原子力を工業生産性に換算して考えるべきでは

ありません。広島の悲劇を経済成長の見地から考えるべきではないのです。地震や津波などの自然災

害と同じように、広島の経験は記憶に深く刻まれているはずです。人間が生み出した悲劇だからこ

そ、自然災害よりも劇的な大惨事なのです。原子力発電所を建設し、人の命を軽視するという過ちを

繰り返すことは、広島の犠牲者の記憶に対する、最悪の裏切り行為です。

日本が敗戦を迎えた当時、私は十歳でした。翌年、新憲法が公布されました。その後何年にもわたっ

て、軍事力の放棄を含む平和主義を明記した我が国の憲法や、その後の「核兵器を持たず、作らず、

ち込まさず」という非核三原則が、戦後の日本の基本理念を正確に表現しているのか自分に問い続

けま

した。あいにく、日本は徐々に軍事力を再配備し、六十年代の日米の密約によって米国が日本列島に

兵器を持ち込むことが可能となり、それによって非核三原則は無意味となってしまいました。しか

し、戦後の日本の人道的な理想は、完全に忘れ去られたわけではありません。死者が私たちを見守

り、こうした理念を尊重させているのです。そして、その人たちの記憶があることによって、政治的

現実主義の名のもとに核兵器の破壊力を軽んじることができません。私たちは矛盾を抱えています。

日本が米国の核の傘に守られた平和主義国家であるというその矛盾こそが、現代の日本の曖昧な立場

を生み出しています。福島の原発事故がきっかけとなり、いま再び日本人が広島や長崎の犠牲者との

つながりを復活させ、原子力の危険性を認識し、核保有国が提唱する抑止力の有効性という幻想を終

わらせることを願います。

一般的に大人であると見なされる年齢の時、『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』という小説を

きました。そして人生の終盤に差しかかった今、『後期の仕事(レイター・ワーク)』を執筆して

います。今の狂気を何とか生き延びることができれば、その小説の出だしはダンテの『神曲』地獄篇

の最後の一行からはじまるでしょう。--かくてこのをいでぬ、再び諸々の星をみんとて。



大石さんから私へののメールから

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朝陽をあびて  気持ちよさそうな花たち  団地ボランテァィアのおかげ

S2012_1117_032 朝陽をS2012_1117_028 あびて  気持ちよさそうな花たち

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S2012_1117_034 梅雨にはアジサイ

 

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里地の畑・ 団地の花たち 夕日と朝日をあびて・17日を挟んで

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17日の夕陽・浴びた里地のはたけ・散歩で味わう事が出来た。18時以降 

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クローバーしろつめぐさを踏むのは誰だ

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縄文時代から人がすむさと地  ぼく貝殻を近くで拾ったよ

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林の中にひっそりまします神社。 カラスがなくからかえろ。ホトトギスの鳴き声が聞こえる。トウキョウ・トッカキョキャ局、オオヨシキリの物語ふうの鳴き声・見えないけれどあるんだね。家に帰ると二組の子供の嫁さんからプレゼント届いていた。

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被災地に足を運ぶ

被災地に足を運ぶたびに

現地に足を運ぶたびに被害の大きさを改めて痛感する。

時間が止まったような現場、瓦礫だけではない。福島原発事故周辺は「収束」どころか、被災者のからだ、こころ、くらしのすべてにわたり、苦しみをあたえているいる。

「政府」は福島の苦しみから離れ、何も学んでいない。苦しみの原因である原発事故の徹底究明を抜きに大飯原発の再稼働を昨日決めた。福島の人たちにどんな申し開きが出来るのだろうか。

この国に生まれた不幸を嘆かないように、できるだけのことをしていきたい。

来週福島、広野町から福島原発地域に行く予定だ。この目と心に焼きついたものを

いずれ語りたい。

その前にわが町に避難された方、野菜を支援している給食センターの方への昨年のインタビュウーを再掲する。初めての出会いだったので。

これを念頭に来週現地に行くつもりだです。

福島原発避難者にとって一番つらいこと                         

所用の電話の最後にこんな質問をしてみた

 一番つらいことは何ですか?

 家族がバラバラになったことです。

 わかるような気がします。(実は本当にわかっているとは言えないのだが)

 あの日からバラバラになってしまっています。子供二人は新潟の親戚に。両親と夫はよそで、仕事の関係もあるし。私はこの地でこうして単身で。

 (福島原発から)20K以内だったんですね。

 そう、家も流されました。

 (南相馬)そこで貴方は一生懸命・・・・  (言葉が出ない)

 皆んな私の子供たちですから――ここは学校給食センタ――

(彼女は、給食管理者)

 今度行ったときその子供たちに会いたい。隣が学校でしたね

 どうぞ。

この世に観音様のような方は確かにいる。確かにいる。

今、私の仲間は、南相馬の子供たちのために野菜を集め始めている。私のところにも集まってきた。これから取りに伺う。14日それを積んでHさん2トン車で南相馬に向かうことになっている。

その2

同じ団地に引っ越してきたHさん夫妻と

私 大変でしたね。何かやってほしいことあります。お互い様ですから。

H夫人 この辺わからなくて、・・お店とか(その後連れ合いは各所を案内したようだ。)

私 (次の日)母を引き取ることになった方が同じ団地にいて、その娘さんであるAさん夫妻が「おばあちゃんの家の家財を見て入用なものがあったらあげたい」と言っています。私が案内しますので、もしよかったら

――三日後おばあちゃんすむ家を訪ねると――

  どうぞどうぞ。何でもご入用でしたら差し上げます。

私 ( Aさんのおばあちゃんにむかって低い声で)。馴染んできたものを手放すってさびしくありませんか? 

Aさんおばあちゃん。 使ってもらうと私もうれしい。(とにこにこ顔)

H夫人 この洗濯バサミ、孫が来るのでこのコップをください。

Aさん。これどう?(次々に生活必要となる夏掛けなどをさしだす。きれいにたたんであった。――そういえば雪の降る日に避難したので夏物はないHさん夫妻だった)

Aさん このサイドボードいりますか?。

H夫人 いただきます。(私にむかって)また連れてきてもらえますか。(旦那さんは足を痛めていて近く入院するという。この日は同行されていました)

  いいですよ。帰りは旭が丘の電気屋さん寄りしましょうか。(玄関のブザーが壊れていて電気屋さんに連れて行ってといわれていた)

Hさん  何もしないのはつらいねー。(帰りの私の車の中で)

こうして近所付き合いが始まった。

Hさんは強制退去の日まで富岡町で10町歩を耕していた。有機米500表と有機野菜を千葉にも送っていたという。

冷厳な事実・・・原発は彼からすべてを奪った。故郷、仲間、仕事。7代続いた家、墓を奪った。艱難渦中の人たちから、生きるだけでなく、生きていくことの意味をまなびたい。問いつづけたい。

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福島原発事故の真相隠蔽は何故行われてきたか。2011-9-1 TH

本音  命よりも利権を大事にする為政者の本音。記者会見で

○原発の再稼働しないとことは「もったいない」、次期東電社長

○稼働は株主に対する「社会的責務」・・・・・中電社長

恫喝

○稼働しなければ日本の集団自殺・・・・・仙石

       命よりも利権を大事にする為政者の言葉に ぞーと。

昨年9月1日に書いたもの再掲載。

福島原発事故の真相隠蔽は何故行われてきたか。2011-9-1 TH

Ⅰ初めに

原発をなくす道を選択し始めた世界

痛ましい災害や事故にはそれにいたる経過があり原因があります。福島原発事故は単なる偶発的発生ではないことは今やだれの目にも明らかです。

この「人災」の解明抜きに日本の未来は暗澹たるものになるでしょう。地震は、止めることはできません。しかし人災なら普通の私たち人間がただせるはずです。福島原発事故を契機にドイツに続いてイタリヤが国民の圧倒的賛成で原発をなくす道を選択しました。世界の流れは、追い風です。

2 しかし日本はさらに原発事故に直面する危機下にあります

沖縄を除いて 日本人のほとんどは原発から半径100キロ以内にあります。欧米の2千倍の地震発生国に住んでいます。福島原発は収束していません。今も余震下にあります。福島原発は「安定してきている」と最近情報しきりですが、実際は「安定して」高濃度汚染水が蓄積しつづけています。5か月過ぎても収束のみとうしは次々に先送りです。あのチェルノブイリ原発も1か月で石棺で覆われました。ただただ収束を願うばかりですが手をこまねいて傍観するわけにいきません。

私たちが住む千葉も地震発生率87%地帯の東海地域に連動し、また発生率70%の首都圏県直下型地震の関東地区にあります。また郷里に思いを馳せてみるとぞっとします。私の場合は100万人口都市仙台が近い女川原発が気がかりです。女川原発は震源地から120キロにあって福島原発よりも東日本大震災の震源地に近く3・11の地震では1時電源が止まったと言われています。調べたいと思っています。(写真)

(注 沖縄の核。日米密約がそれを進めた元外務省幹部によって公になっています、米軍の核持ち込みは公然の秘密です。)

3 原発容認の強引なすすめ方に注目したい。

脱原発はエネルギー危機に陥り国家の存亡に直結する」

政財界の権力者たちは、まるで偶発的発生であったかのように「1000年に1度の、想定外のことだった」としたうえで原発施設の津波対策をやれば再び原発を推進できるとしていることです(浜岡原発再開を巡ってのときの中部電力会社社長の主張ほか)

政財界の権力者たちは、目先の単純な「脱原発は」――「日本の国際競争力に響く」――「脱原発はエネルギー危機に陥り国家の存亡に直結する」としています。・・これは脅しの論法です・・。

つまり、目先の原発是非論は「日本経済や国民生活を根底から壊しかねない」…という大上段な論陣を張り、国力を落とさない「解」、つまるところ国民に原発容認を求めていることです。これはあなたの今の生活は壊れますよという脅し以外何物でもありません・・・

4 核燃料の最終処分のめどもない

世界には放射性廃棄物の処理技術がなく、その見通しも全くありません。・・・しかしアメリカがしているように本当は日本でも原発使用燃料プルトニューム生成で原爆製造、転用を狙っていたという指摘をする人もいます・・・放射性廃棄物を宇宙空間に飛ばすこと、地下深く埋めることを本気で志向しているから驚きです。・・・・・・こうした中で日本政府、役人、財界、学者、報道が1体となって原発を推進してきました。原発公聴会はやらせでした。佐賀県知事が九州電力とともに自ら手を染めていました。つぎ次のぜんこく各地のやらせが判明していきました。その根深さは想定を超えます。

5高いコスト

日本は原発廃棄物を抱えトータルではすでに何兆円の高いコストがかさんでいます。

原発による発電コストは安いとされていますが、廃棄物処理にかかる青森六カ村、原発地行政への多額な交付金、補助、賠償なその何兆円の高いコストは事実上国が負担してきました。国民の税金です。又電力会社は料金の値上げでコストを賄う仕組みになっています。日本の原子村の企業にとっては高コストは基本的に痛くもかゆくもない仕組みになっていたというわけです。専攻する経済学者はそのからくりのべています。昨日登場した新内閣は「国民経済や国民生活を根底から壊しかねない」消費税増税を政治目標にしています。

結局「脱原発は国家の存亡に直結する」国際競争力に響く」「日本経済や国民生活を根底から壊しかねない」は、「原子村」の利得を守るため手の込んだすり替えの論理でした。これを克服するためにはどうしたらよいのでしょうか。みんなで知恵を集めるときです。

Ⅱ これまでの原発推進経過を知ること―

歴史は安全な未来運転のバックミラー(早乙女勝元)

原発推進の為政者ないし論者は、「石油・石炭の化石燃料が枯渇する」「地球温暖化対策のため」原子力の平和利用が必要であり、無資源の日本だからという名目で「エネルギーの50%を原子力で確保」を目標に膨大な国家予算を使い、法律を作り進めてきました。

それに沿って学校での原発必要の教育も進めました。テレビなどマスコミの宣伝も大々的に行われました。さらにヨルダン、ベトナム、などへ原発の輸出に乗り出そうとしています。一方ウランは有限資源であること、50年で枯渇すること。核燃料廃棄物の処理が全くできないことを事実上隠したままでした。まさに東京電力など政財界の目先の利得のために「お金と権力の真綿」で中央・地方を問わず日本社会をしっかりしばりつけてきました。その中で「安全神話」を振りまいてきました。写真

2  311日、ついに起こるべくして福島原発事故が起きました

        後手に回る対応、不安の増大 事実隠蔽

隠蔽はすぐに始まりました。何故でしょうか。ことの経過を追っていくと原発を廃炉にしたくない。原発開発を進めるためだということが見えてきました。(注2経団連会長会見、地震直後の3月15日)

3月11日、事実隠蔽がすぐに始まりました。政府などは、水素爆発3回の世界最悪レヴェルの事態なのに、「単なる事象のレベル3」「直ちに体に影響はない」と強弁したのです。

事態を掌握した世界各国、とりわけ米軍は80マイル以遠にすぐに避難し、各国は自国民に帰国を促しました。3月20日会う予定だった私の知人も帰国しました。

5か月の間にご承知のように隠されてきた事実が次々に小出しに出てきました。

今では外国がとった措置が正しかったことが判明したといえます。犠牲は福島県中心に顕在化し始めましています。

「日本の原発は安全」

「日本の原発は安全」であるという自己呪縛も重なり、対策は後手後手に回り、原発周辺の人はヨウ素も服用させないまま、故郷を追い出されました。又にわかに食品の暫定の基準を設け 基準値以下であるとの発表を始めました。1ミリシーベルトまでとする日本の法律に違反する20ミリシーベルトに上限を広げました。こともあろうにそれを子供に適用しました。これに対し原発推進派と目されていた東大教授が内閣府の委員を涙の抗議で辞任会見し、又外国の研究者などから内外から山のような抗議に晒されました。原発で働く人には250ミリシーベルトに広げました。セシュウム対策が不備で牛肉、牛乳、に広がっています。土壌除染が必要な地域は福島だけでではなくなっています。

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クジャクサボテン  ボタン  バラ  いうことなし  里山の春さわやか

クジャクサボテン  ボタン  バラ  いうことなし

まずはご覧あれ

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クジャクサボテン  あと10こさくぞー  玄関先

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  此花 残念ながら1日しか咲かない   美人薄命

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牡丹 にわ

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ホタル 来い  生息地の整頓

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K氏より   T氏より  Hしより・・・・・・・

K氏より

放射性物質ではなく、この動画が全国に拡散してほしいものです。­

《米国 エネルギーアドバイザー アーニー・ガンダーソン》
    http://www.youtube.com/watch?v=f78mSUbwIeM&hd=1

2012327アーニー・ガンダーセン氏 原子力技術者 2012.2.20 来日記者会見. 2012-03-25 05:07 :49 テーマ:ブログ. アーニー・ガンダーセン氏 原子力技術者 2012.2.20

被曝問題についてIAEAとWHOの関係や、IAEAが国連安保理に繋がっており、内部被曝を隠蔽する根源が赤裸々に示されています。

http://www.youtube.com/watch?v=oryOrsOy6LI

    あきらめないまち  石巻

    その力におれ達はなる

    石巻工業高校生。春の高校野球選抜大会宣誓

    人間って すごい

    私は昨春に3回石巻に兄の霊をたずねた。 ・石巻市は人口16万人だが死者・行方不明は最大の4000名近く。海岸・北上川沿いが殆ど壊滅。今でも石巻と聞いただけで足がすくむ。想像だが人々がもがくようすも臨場感をもって地獄のような場面でくる出てくる。現地の被災者の心労・苦労はいかばかりか想像できない。

    すくむのはそれだけではない。隣町の女川原発周囲の様子がセットされて出てくるからだ。実際に原発のことで最近の友人の知らせによると「女川原発は危機一髪3・11は外部電源5本の内、地震発生後生き残ったのはたった1本、4月7日の大余震で生き残ったのもたった1本。しかも前回と今回では通じたのは別別、本当に危なかった。」

    女川原発は 福島原発よりも震源地に近い。女川町は津波が40㎡を超えたと今月の調査。しかも40年使用の福島原発と同系の原発。福島原発後、3大紙はまるで見てきたように、「女川原発は安心できるのはなぜか」とうそっぽい大きな記事を載せ、東北電力は再開方針を述べていた。

    しかし写真で見るように津波だけでは説明がつかない。地震による亀裂が原発周辺に及んでいた      以下略

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「春よ こい  ホータル こい」

          待つ時の気持ち  

「良い子の皆さん、まもなく5時になります。気をつけて家に帰りましょう。

夕方5時、どこからともなく、聞こえてくるのが子供たちに帰宅を促す有線放送の声である。私の小さい頃はどうだったろうか。夕闇迫る頃 遊びほうけている私を探しに空き地まで母や姉がやって来て「ごはんだよーーはるおーごはんだぺさ」と。もっと遊びたい僕には恨めしく聞こえたものだった。しかし親父の一喝が怖いせいもあってか、お腹も空いたこともかさなって、6歳から11歳までの小学生7,8人の仲間も僕もパッと飛び散るようにかえったものだ。「からすと一緒にかえりましょう(夕焼け小焼け)」なんて悠長に歌ってかえる場面ではなかった。最も「空にはきらきら金の星」が輝いていたはずだが。

あれから半世紀以上隔てビルに囲まれた生家の空にはキラキラ星も夕焼け情景もすでにない。

みそらの夕方

「みそら」の今はどうだろうか?チャイムが鳴る寸前に散歩にでてみた。いない、こどもがいない、どこにもいない。小学校が近くにあるから子供がいたっていい筈だ。やっと新築入居が10数軒ならぶ宅地の路上でボールけりをやっているのに出会った。チャイムなんぞ聞く耳持たない健全な「良い子の皆さん」にホットしながら成山の森に足を伸ばした。私はこの森に惹かれたこともあって19年前引っ越してきた。しかし十数年このかたこの森で子供に出会ったことがない。森から子供達がいなくなってどのくらいたつのか。「みそら」の対面に展開する成山の丘陵で畑作を営むAさんやSさん(ご両人ともTさんとともに毎週日曜日みそら朝市に新鮮な野菜を出しみそら住民に喜ばれている方たちなのだが)に散歩中に畑でよくであった。焼き芋をご馳走になりながら聞いたことがある。「わしらの子供時分この辺はうなぎ なまずがいっぱいいてよ。青年時分ではなにかあるとよくとって皆で食ってたなー」と。もちろんホタルもわんさかいたという。ホタルだけは連綿と続き1昨年は約400尾昨年は200尾カウントされている。今年はどのくらいいるか。みそらの同好会の方々と調べることにしているが年々減少しているだけにとても不安だ。照明光や水の汚れや耕作放棄地などがホタルに忌みきらわれているらしい。

旭丘とみそらのホタル

 四街道に引っ越してきた頃ホタルを求めて散歩の範囲を旭丘にのばした時のこと。草むらに隠れて子供の通るのを待っていたIさんに出会った。なんとたまたま通った子供の前にふいに飛び出しホタルのところに導き見せたのであった。Iさんのこの行為 この気持ちが後々ホタルの生息地をまもる取り組みにつながっているとみる。みそらはどうか。旭中学校下は四街道一位のホタル数を誇るところだ。ゴミに心を痛めていたTさんの提起で『四街道きれいにする会』がホタル生息地のゴミかたづけをした。続いてみそら住民のMさんらが「生息地の整備」に人を誘っている。私は腰痛がひどく見ているだけで申し訳ないのだが、通る子供にホタルをみせることはできる。何年か前Iさんに習ってやったことがある。通りかかった二人の中学生にこぶしの中にホタルを隠しておいてふいに目の前に突き出した。ウワーと声を立て感動とも感嘆ともつかない様子にこっちがびっくり。「どこに住んでいるの?」ときくと上を指してここ「みそら」という。そばに住んでいてホタルが身近に見ることが出来たのに。もったいない。

一列縦隊で家路を急ぐ子供たち と むくろじの悪がきたち

さて先の散歩に話をもどす。成山を降りて住宅地に入ってきたところで「プール学校」名の送迎バスが子供をおろして走り去っていった。また有線放送の『良いこの皆さん~』が頭をよぎった。良い子の皆さんはこの時間、「外」にはいないのである。少なくてもこの地域に関する限りいない。にもかかわらず「良い子の皆さん、家に帰りましょう」と呼びかけるのは『暗くなると危険ですよ、お勉強の時間ですよ』 もしかして外にいるかもしれない子供たちをそういって追いかけまわしているようにきこえてくる。

そういえば下校時大人を先頭に一列縦隊で家路を急ぐ子供たちに出会ったのもこの地域であった。事件が続発しているのでやむをえない措置だとしても、学校と家の間にある道草も自然もおしゃべりも消去した光景であった。のびのびと遊ぶために生きている子供の人権を奪った光景でもあった。その翌週久しぶりに鳥の下自然公園に立ち寄ってみた。誰もいない静寂さがもつすがすがしさにホッとする。しばらくして6人の子供が自転車でやってきた。網の中にザリガニをいれている。他所でとってきたザリガニをここで放し、ここでとったザリガニをそこに持っていくのだという。意味はわからないが彼らなりに想像をたくましくしているのだろう。こう見ると夕闇迫る頃も毎日多くの子供たちがきていることがうかがえる。いまどき数多のゲーム機器をしりめに子供たちをひきつけるものは身近な自然であり ザリガニ(生き物)であり 静かな空間であり昆虫などではあるまいか。子供はいい場所いい機会がありさえすれば本性は昔とちっともかわらない。せっせと鳥の下のムクロジづくりをしてきた人たちはいまホタルと共にこんな子供たちを待っている。

 

ホタルこい。早くこい  待つということ

幼児のころ霜柱を裂くように水仙の芽がではじめたのを庭先で見つけたときのワクワクした気持ちが60年過ぎた今も確かにのこっている。冬は「もーいくつ寝るとお正月」をうたい春は「菜の花畑に入日薄れ」秋は『里の秋』を口ずさみ晩秋は『ふけ行くー秋の夜』次々に季節の移ろいを感じさせる歌がたくさんある。いまどきの子供に叙情中心の歌ははやらないと思うが、わが世代は子供から季節感を奪ってきて、「もっと早く」「もっと多く」「誰よりもできる」ようにとせきたててきた罪は大きい。「待つ」ことで心豊かになることを忘れてきたようだ。

(レーチエルカーソン ・センス・オブ・ワンダーより)

・・・・・・子供たちの世界は、いつも生き生きして新鮮で美しく、驚きと感激に満ち溢れています。残念なことに私たちの多くは大人になる前に澄み切った洞察力や美しいもの、畏敬すべきものへの直観力を鈍らせ、あるときはまったく失ってしまいます。・・生まれつき備わっているセンスオブワンダーをいつも新鮮に保ち続けるためには、私たちが住んでる世界のよろこび、感激、神秘などを子供たちと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、少なくとも一人、そばにいる必要があります。・・子供たちが出会う事実の一つ一つが、やがて知識や知恵を生み出す種だとしたらさまざまな情緒や豊かな感受性はこの種をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子供時代は、この土壌を耕すときです。・・・・・・

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