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避難された双葉郡の方との対話から

避難された双葉郡の方との対話から

Aさん、何もすることなくなってね、

僕   11町歩も出有機米作ってたんだってね

Aさん、 有機米を郵送で全国各地におくっていた。避難当日も300袋を送る手はずにしていた。

僕    そのままにして、とりあえず逃げろと言われてここに・・・・

Aさん 7月1日帰宅を1時間許されて帰ったら、コメの倉庫は イノブタの住処。米はまるで砂を引いたようになっていたメチャクチャ。

奥さん もう帰れなくなりました。息子が仕事をやめて、有機米作りを一生の仕事にしようと準備が整っていたのに。

この人、気力を亡くしてしまって・・・炬燵に入りっぱなし。

僕   おつらいでしょうね、お孫さんどうしてますか

何度か行き来をしてきたが、こんな会話は昨年のくれ頃でした。その後何度か一緒に散歩しています。

散歩の中で先祖7代にわたって、土とともに暮らしてきた人にとって、農業を離れることが、どんなに大変で辛いことか伝わってきます。

農業を知らない都会にばかり住んできた私には想像を超えるものです。先のみとうしなく、人生を切断され、農業でつながる町の仲間との絆がずたずたになってしまった。写真を見せてもらった。美田だったに違いないところでトラクター運転中のAさんの姿だった。耕す土地があるのに耕せない、息子と一緒に働けない…本人はなにも悪いことをしたことがないのに・・いまこれまで縁もゆかりもなかった4街道にいることになってしまった。

もともと東電の原発がなければこんなことはなかったのだ。 広島の原爆で内部被ばくで苦しんできた方に会うたびに 「戦争さえなかったら原爆はなかったのに」という気持ちになった。

今度こそ原発は廃炉にという思いは切です。

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