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生協には夢があった。 古来 先駆者たちは、協同の夢を掲げて戦ってきた。そして世界に、日本にひろがっていった。

未来は今すぐ実現が出来ない事を十分認識した上で、なおかつ「未来は必ずや我らのものである」という不動の立場を固めることが、地道な不屈の努力を生み出すのである」(福武

直  賀川豊彦に寄せて) 戦争にひた走る気息奄々の時代に「みらいは我らのものなり」といってのけ、生協人を鼓舞した賀川豊彦がいた。賀川は日本のみならず世界の協同組合の先駆者だった

千葉市民生協の創設時  故田仲善一も「夢をかたった」。私は夢見る夢でなく「日々の営みを糧に目覚めていく気づきの夢」に置き換えてみた。その時掲げた夢は叶っていっただろうか。

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あれから二〇年経た今日、翻って日本は途方もない混迷の時代を迎えている。金融崩壊は「精神のない構造改革。人間を粗末に操作する利益効率至上主義の管理やテクノロジー。実生活や現場から離れた管理。理念を棚上げにした精神のないリーダーシップ」のいきつく先だった。失われたものは大きすぎ格差の犠牲は傷口を広げ始めた。日本社会が人間を粗末に操作する利益効率至上主義の延長線上に進むなら、混迷はひどくなる一方であり出口のない不確実な未来があるのみであろう。いわゆる政治屋や子役人や専門家の目先の小手指では全く解決はしない。アメリカ流、小泉流資本主義をきっぱり否定し「人格性」を取り戻す協同の道以外に活路はあり得ない。いかに困難があろうとも人間性、人間味のある社会システムを取り戻し構築していく必要がある。

協同を価値とする社会構築の可能性のある時代を迎えた。人は皆温もりのある関係を求め始めている。そんななか協同組合がどんな構想力と知性を集め実践するのか、協同組合の歴史をかけた時代と認識したい。

Sdscf00031_2ところでさる2月27日連れ合いと

22年前の田中さんに会いに墓を訪ねた.水仙が好きだった が菜の花を 手向けた。

彼には夢があった。夢をうらずける名言があった、。総代会の席上「生協は大きくなるためにあるのではない。

生活と労働の中に喜びを広げていくためだ」と

彼とは希望は夢の中から創造される。そんなロマンをよっぴいて語り合ったものだ。働く喜び、生きる事の喜び

人間が好き、という人の輪を暮らし協同に中から創ること」   日本全体が金銭社会の組織病ーー「もっと病」の深い傷に陥りはじめたころだった。

「夢」の墓標にむかって手を合わせた。

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