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ある手紙から

・・・・・・・・・・・・・私は原発のメルトダウンとともに 社会的紐帯のメルトダウンが気になります。年金で世話になりながら、市民活動のいくつかに参加・参画しましたが、まわりや行政などががどう見るかの顔色を気にした行動パターンが多いように思います。・・・・・・・中略・・・・・

もちろんこの社会で生きていくうえで、いろいろなところと折り合いをつけてグレーな立ち居振る舞いをしていくことは已むをえません。

しかし原発事故のような、人命にかかわること。個人の尊厳にかかわることにまでグレーに終始する立ち居振る舞いの結果、、権力による無謀な施策・たとえば原発延命60年、原発輸出・武器輸出の緩和、教育統制・格差是正はおろか格差拡大の10%消費税導入まで許す結果になろうとしています。つけは他国に、次の世代に、そして弱者に回す施策ばかりです。

成長はすべてをいやす、活路を開く、としてGDP第1主義ではしってきた日本が、バブルに直面しました。今度は生き延びるために、優者劣敗はやむを得ないとした政策によって世界で有数の格差社会を実現させました。

たとえば20才台の人の半数が非正規労働者になりました。条件から見れば結婚が難しく少子化への悪循環です。

安全神話が壊れても、火山列島に住んでいることを不安に思もいつつも原発推進を結果的に許してしまうのはなぜだろうか。、成長神話、平たく言えば先立ち物はすべてお金の呪縛にとらわれていることにもよりのではないか。或いはぎぎぎりまで生活がおいこめられ、社会的発言の機会がない、ことによっています。

しかし真の要因は効率追求経済しゃ会は縦組織、上下関係を促進しますが経団連率いる 原子力村の利得集団はそれを操縦してきました。その結果原発の開発だったと思います

縦社会は封建時代から形を変えて近代社会に引き継がれました。ご存知の前無教会キリスト教宗教家 賀川豊彦は、協同組合の創設者の一人だったのですが、彼の著作を読むと 90年近く前 関東大震災のとき東京に居を移し、困っている被災者の活動に身を投じ、政府の無策、縦割りの弊害に立ち向かい、社会的セーフテーネットの日本における初めての共済活動の創設、医療生協の設立、東京学生消費組合の設立に努め、初代責任者として活動しました。

第二次世界大戦に向かう中軍部に弾圧されて解散の憂き身を見たが戦後に見事に引き継がれました。私はその恩恵に浴しました。宗教者の社会的実践のすごさは時代の転換を作る程の影響力を持っています。

縦の社会組織ではなく  横の社会、横の関係、  老若男女 の横のエネルギー

こそ希望です。私は信者ではありませんが、神の前に平等の実践をする畏敬者に畏敬を持ちます。 宗教者の社会的実践のような高い視点から切り込まなければ

現代の負の遺産をはねのけることができない時代を迎えているような気がします。

さてこの1週間、通院を除いて 家で休みながら、宮田光男著「キリスト教の笑い」 岩波新書などを読む一方テレビをつけていました。テレビはまるで3・11などはなかったように出演者が笑い転げる番組ばかりでした。

宮田光男は自分から「喜びを分かち合い喜びの輪を広げ、喜びの輪を

伝搬させようとするものとして生きるべきではないか  バルト  202ページ」を末尾で紹介していました。

なるほど笑うためには相手が必要ですね。先月、埼玉の加須市の双葉町から避

難された方400人を綿種が住む町にに避難された方と訪ねたとき、 次々にTさんと抱きつかんばかりに握手し会い 9か月ぶりでの邂逅で笑い合っていました。心から共感がおのずと笑みになる。手振り、表情、しぐさが示すものが艱難の暮らしを超えて人を結びつける。賀川に有名な「涙の2等分」という詩がありますね。

「分ける」ことの持つ意味について私の理解はまだ?です。。悲しみを分ける。喜びを分ける。ものを分ける。分けたときに増える。つまり心が増える。喜びが増える。厳しさや不条理をユーモアで乗り越ていく。宮田先生の本の深い内容をほんの少しですが理解ができました。もし少しでも、もっと理解できる時は身近な社会的自実践のあとになるのだと思います。貴方の示唆をください。

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