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来る3・11日14時46分 ご夫婦で、娘息子と或いは 仲間と歌を歌いたい。 

3・11日14時46分  その時、その前後日に歌を歌いませんか、。恥ずかしながら音痴気味の私ら夫婦で歌を歌い。できればおしゃべりしたいと思っています。よけいのことですが貴方もいかがですか

選曲基準     東日本の太平洋側がことごとくやられれしまった、実際にいった岩手の田老から宮城ふくしま茨城の海岸を想定して選んでみた。歌てみた。

私がへたなうたう前に一言。

 私たちは もちろんあなたも、その時、大規模な未曾有の震災に 言葉を失いましたね。そして今もって言葉にでない思いが胸を包んでいます。貴方もきっとそうでしょう。

 何せその時、子が親を失い、親は子供を失い、おじいちゃんが孫と娘、息子を、そして兄弟姉妹同志がおとこ兄弟。女兄弟を失いました、隣の親戚、仕事仲間。そのお一人お一人を自分の身に置き変えて見ると身震いは心身を包みますよね。わたしもそうでした。多くの市民にとって自分に置き換える時慟哭が夜のしじまから漏れて出ます。そんな1年でした虫たちなどすべての生き物の上に放射能が降りぎ濃縮しながらすべての生存条件に障害を与えています

あれから1年断ちました。「、私は不幸から免れてよかった」、「知らぬが仏よ」「あれから1年過ぎ去て緊張がなくなった。」「もうしりたくない」「煽らないでよ」とみるひとも中にはおたれるでしょう、しかしそれは少数です。

それよりも私たちの世代は、こども達に得体のしれない歴史を残し、被爆小鳥や魚虫に子供たちに直面させることでしょう。広島、長崎、ビキニ、スリーマイル、チェルノブイリから1000キロ離れた地域の研究が明らかにしています。おおくの子供たちに原爆症に導くでしょう。今つずくチェルノブイリや福島・原因である原発延命を許し開発輸出、を進める政府を持つ国に住んでいます。

「想定外だった」とか「ただちに影響はない」とか原発推進の「国の安全委員が何千万円の報酬」をもらってやってきたとか。なお部被ばくを科学的に訴えた医師の肥田俊太郎さんは5回アメリカ軍に逮捕されたとか「火山列島、活断層の上に原発を作る」この間明らかになった為政者の政策とそれを伝えるマスコミ。

この国に生きるためには生きる強固な意志が必要になっていることがわかりました。

ところでそれは一人ではできませんね。だからうたを歌って大いに楽しみ、おしゃべりしてうなずき合って  そうか、そうだったのか、なるほどね、でもね、こうしたら、といった横のコミニケーションが必要ではないか、この間放射線をと力んでみて「命うみ育てる女性」の方が関心が高く行動的なことがわかりました。

私は体の調子がよくなるように努めながらそれまで家でやれることを手掛け人生の終わりの始まりを孫の世代のためにすこしは使いたいと思っています。ご教授ください。

茶摘 (明治45年)   静岡のちゃつみはだいじょうぶかなー、狭山茶は  よくいったなー

1      夏も近づく 八十八夜    夏のおまつりは?

野にも山にも 若葉が茂る

「あれに見えるは 茶摘じゃないか

 あかねだすきの 菅のか 茶畑の美しさ狭山にはこどもをつれてよくいtったな

鯉のぼり (大正2年)    人気のいない南相馬の海岸沿いの家

1 甍の波と雲の波      こんな光景どこでみられるかなー

  重なる並みの中空を

  橘かおる 朝風に

  高く泳ぐや 鯉のぼり

春の小川 (大正元年)        宮城 山元の小川にて

1      春の小川は さらさら流る

岸のスミレや れんげの花に     四街道はいっぱいあるよ

 匂いめでたく 色美しく

 咲けよ咲けよと ささやくごとく

朧月夜(大正3年)            

1 菜の花畑に 入日薄れ

  見わたす山の端 霞ふかし

  春風そよ吹く 空を見れば

  夕月かかりて 匂いふかし

故郷(大正3

1 ウサギ追いし かの山

  小鮒つりし かの川

  夢は今もめぐりて

  忘れがたし 故郷

海(大正2年)1 松原とおく消ゆるところ白帆の影は浮かぶ 三陸高田の1本松                          女川。大河原、閖上枯                                                              れかっていた

  干し網浜に高くして かもめは低く波に飛ぶ

   見よ 昼の海 見よ 昼の海

われは海の子(明治43年)        まつバラはどこに行った、どこにもなかった

1 われは海の子 白波の

  さわぐいそべの 松原に

   煙たなびく とまやこそ

   わが懐かしき 住みかなれ

冬景色(大正2

1 さ霧きゆる 湊江の 船に白し朝の霜

  ただ水鳥のこえはして いまだ覚めず 岸の家  瑠璃カモメはいたが岸辺の家はなかった   奥松島にて

今できることの一つ  作詞 大門高子

           作曲 安藤由布樹     ゾウ列車から合唱団

今 わたしたちにできることは何

過ぎた時間は取り戻せないけど

時は果てしなく進むけど

今 できることがきっと何かあるはず

あきらめないで あきらめないで

できることの一つを さがそうよ

(こども)

ころころころころ

どんぐり木の実

芽を出せ 根をはれ 土の中

大きく大きく 大きくなれよ

緑の森に 大きくなれよ

今 わたしたちにできることは何

過ぎた時間は取り戻せないけど

時は果てしなく進むけど

今 できることがきっと何かあるはず

あきらめないで あきらめないで

できることの一つを さがそうよ

あきらめないで あきらめないで

できることの一つ

とてもいい曲です。これで励まされます。私も練習してます・キク人いれば教えますよ。もっともいないともいないと思います。

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