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2011年9月

原発を許しているもの 差別と従順   『・・・・・』 言葉がない

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ある友人からの転送です

C『・・・・・』
 言葉がない。

 これが、今の日本人・・・・。
 これが、今のバス会社・・・・。

 『申し訳ないが、今日は本気で私は怒っている。。。』(息子)

    http://blogs.yahoo.co.jp/ayumu_kun2005/11868806.html



 これが本当なら、ああなんちゅうことか。

このブログ…にわかには信じられない内ようです。が真実味がある。

従順と差別・・・・・・・政治劣悪の意識土壌。原発を許してきたもの・・・・・


しろうとしない罪。知らないことの罪。知っていてもやらない罪。

かく言う私も罪ふかきに種族に属している。

それを自覚するために人間的な対話がもっともっと必要だ。

対話の中で、嘘を見破る力をもちたい。。

以下の写真はちょっとだけ報道されたテレビより

S10_015 大江健三郎

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広島の子供たち   チェルノブイリの子供たちが身をもって示したもの

*チェルノブイリの「隠された被害者」については<TUP速報906 チェルノブイリ・
ベイビーから「福島の子どもたち」へ(4 25日付)
 
http://www.tup-bulletin.org/modules/contents/index.php?content_id=938

チェルノブイリ関係者が語る「被ばく」について知っておくべきこと

http://matome.naver.jp/odai/2130621461025170401

医師やジャーナリスト、NPO法人など、チェルノブイリの現状を知っている方の意見を集めています

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さようなら原発5万人集会 8・19明治公園 

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参加できなかった方のためにすこし長めの様子を記します。(TH)

開会、1時間前なのに続々つづく列。会場広場にかきわけるようにしてやっとたどりつく。正面近くに紙を敷いてすわる。まるでラッシュの車内で座っている感じ。

開会まで周りの参加者の様子をじっと観察、ゼッケンや小旗・ポスターの多彩さにみとれ、ジットしておれなかった参加者の意思を感じた。私の前にはバスで駆け付けた福島の被災者が数百人。避難所から来られた方・苦渋の人生を受け続けている静かな怒りを秘めた人たち。(添付黄色姿写真)

1時過ぎ集会が始まった。記憶をたどり浮かんだ断片を以下記します。

呼びかけ人から。

 鎌田慧・・・野田首相は国連で、原発の安全性を高めて再稼働と開発の方針を述べるという。・・・・核と人類は共存できない。これ以上犠牲者を作ってはならない。アデュー(さよなら原発)。原発のない社会を。1000万署名を・集約の324日には集会を・・

 大江健三郎・・・2人の話を紹介したい。一人は仏文学者渡辺一夫狂気のよってなされたものは必ず荒廃と犠牲を生む・・と・もう一人は自民党石原幹事長・・・イタリー国民が原発NOの意思を95%で示したことに対してイタリヤは集団ヒステリーにかかっている。・と述べた・・・彼はイタリーでは25年前に原発開発をやめていた事を知らない。イタリヤは国民投票で福島事故を踏まえて再確認することになった。生活を優先する国民であることを示した。日本の私たちは集会とデモンストレーションで答えよう(氏は3時からの3方向のデモの先頭にたった)

内橋克人・・・ありがとう。この言葉は20年、50年、100年先の子孫からの皆さんへの感謝の言葉です。・・・いま新しい安全神話が台頭している。技術を高めて安全を可能にするという新安全神話。具体的には洞窟や地下に原発を作るということ。もう国民の合意なき国策を続けさせてはならない。さよなら原発。命のエネルギーが生きる社会を。・・・・

落合恵子・・・子供たちはどこに生まれるか選択をできない。福島の子供たちから想像しよう。原発そのものがそれぞれの命に対する国家犯罪です。犯罪に加担しないと決意しよう。誰かが決めたことに従うのではなく、自分が変わる勇気を持とう・・・・

澤地久枝・・・6月以降骨折で歩けなかったが今日何としてもという想いが私をここに連れてきてくれた。この国は原発を持ってはいけない国です。女たちが立ち上がろう。女が立ち上がれば、子供が、夫が変わります。老若男女の力で変わります。できるかできないかの問題ではありません。こうして原発はなくなるのです。

次いで。

ドイツの国際的な環境団体の責任者で森林生態学の教授フーベルトさんの話があり日本の戦いは世界につながっていること。2022年まで世界の先端の近代国家ドイツですべての原発がなくなることを明らかにしました・この意義は極めて大きいものです。

司会が口を挟みました。日本だって「この夏節電30%で原発なくても十分やっていけることがわかっています。

最後に

福島から来られた武藤類子さんが話し始めました

福島は美しいところです。浜どうり、中通リ、会津地方、それぞれにきれいな景観と豊かな産物あります。ももあり、リンゴあり、キノコあり、お魚も野菜も新鮮です。3・11がこの福島を奪いました。福島の人は避難すべきか、残るのか、食べるのか食べないのか、日々迫られて苦渋の選択の日々を送ってきました。

国や東電が事実を隠すのがわかってきました。

国が私たちを守ってくれないこともわかりました。

私たちとつながってください。福島を忘れないでください。助けてください。

(私は南相馬や双葉町の方が浮かび熱いものがこみあげてきました、チェルノブイリの子供たち、広島の原爆の子たちが身をもって示した内部被爆の恐ろしさ。ふくしまの子供たちと呼ばれる子供を作ってはならない。

最近友人から経済が大事だとして 経済とのバランスが大事だとするメールをいただいた。結局原発を容認するバランス論。経済は命を生かす手段なのだ。手段と目的を逆さにして作ってきた日本にして原発が作られ、ついに世界レベル最高の事故に直面してしまった。そんな知人に目の前で語る被災者の福島の事実を伝えたい。そん気持ちがもたげてきた、)

集いの最後に、俳優の山本太郎が駆けつけマイクを握り 会場を見まわし「これが本当の民意だ」とし、原発さよならの唱和を会場に求めました。6万人の唱和。この俳優の原発反対の意思の強さ伝わってきました。

写真添付

デモは3コース参加者は。9条の会ののぼり旗あり、坊さんもいたり   太鼓をたたく人  子供と一緒の人、労働組合、生協、市民団体など実に多彩な集会だとわかりました。どうしてわかったのか、知人友人から声をかけられました。みんな仲間を求めているからでしょう。四街道からも多くの人が来ているに違いない。デモから抜け出し歩道で連れ合いと見ていたら四街道の方から別々に声がかかりました。うれしかった。

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みんなの力を寄せ合えば

 2006年まで  草ぼうぼう、ごみ道路 

 

道路の左側は小学校Untitled

今  今日水やりしてきました

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今の児童公園

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昔の児童公園

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松元ヒロの熱演を見て聞いた。面白い。 

去る8月

千葉ヒバクシャ友愛会などによるピースフェステバルにいってきた。そこで初めて松元ヒロの熱演を見て聞いた。終始笑いころげてしまった。とにかく面白い.心と体と頭を一体とする舞台全体を使っての動き、に圧倒された。

政治、経済、社会、文化に造詣が深いこういう芸人がいたのだ。是非東京での公演にまた行ってみたい。

妖怪マンガゲゲゲの鬼太郎などで有名な漫画家故水木しげるさん描く福島原発。 32年前のイラスト出版,朝日新聞出版から19日出版「福島原発の闇」の題名。

自ら足を運び、ずさんな管理態勢を迫力ある筆致で表現しているという。

解説によると「、米スリーマイル島事故が起こった1979年の同誌10月26日号、11月2日号に「パイプの森の放浪者」の題名で掲載された。^~~ 絵を描く前に福島原発の近くまで赴き、外観を見学。重装備でタンクのヘドロをくみ出す労働者の姿や、タービン建屋に巡らされた配管など、綿密な書き込みで、現場の緊張感や重苦しい雰囲気を伝える」 とかいてあった。 買い求めてからの楽しみだ。

それに引き替え権力をもつ人たちの無責任さ。

原発「津波に耐え素晴らしい」 原子力行政「胸を張るべきだ」 経団連会長が発言

03/17 10:55)北海道新聞

 日本経団連の米倉弘昌会長は16日、東京都内で記者団に対し、福島第1原発の事故について「千年に1度の津波に耐えているのは素晴らしいこと。

原子力行政はもっと胸を張るべきだ」と述べ、国と東京電力を擁護した。米スリーマイルアイランドの原発事故を上回る重大事故との見方が強いだけに、発言は波紋を広げそうだ。

 米倉会長は事故は徐々に収束の方向に向かっているとし「原子力行政が曲がり角に来ているとは思っていない」と発言。「政府は不安感を起こさないよう、正確な情報を提供してほしい」と話した。

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仙台弁 顕在 再掲載

仙台弁  がかさん頑張る

9,10月仙台に行くので仙台弁の練習のため再掲載 

3,11を境に仙台弁が面に出てきた。

仙台弁では「恥ずかしい」ことを「おしょすい」とか「おしょすいこった」(このイントネーションが私にはえにいえない響きがある)とか言って裏に隠れていたものだ。

ところが大震災から日がたつにつれ、「悲惨」の中にあって耐えに耐え、ひたすら家族と隣人を支えあっていた「ががさん(母、妻の意味)」たちがテレビ画面に堂々と出て仙台弁で語るようになった。そのたびに何かほっとする。

彼女らは「俺(おら)やんだ」(嫌いだの意)といってもう隠れない。福島原発に抗議する女性たちのあの「強さ」も見た。福島弁もいい。

私は兄の命を奪った石巻の現地光景を思い出すたびに足がすくむ。しかし、海岸沿いの「ざいご」(田舎の意)の人たちは、毎日足がすくむ環境の中にあって「こええ」(疲れた)とか言っておられず、「ていご」(おたがいに)におどけ(冗談の意)たりしながら必死にこらえ「かしぇえでいる(働いている)。「ひすて」(1日中、昼夜を問わずの意)戦っているのだ。

私たちはみちのくの{がか}たちから学ばなくてはならない

それにしても「ぜいご」(田舎)で被災を受けた子供たちの様子、私には「もぞこく」(不憫)でしょうがないのだが、時に見せるあの笑顔は日本中を励ましている。私も励まされる。

今月と来月にまた仙台などを訪ねる予定。仙台のことを私が育ったころは(せんでー)とよんでいた。

ベランダこえ笑うがごとし朝、顔、かお

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内部被爆  二つの事実

内部被爆  二つの事実    ママ

昔が今に・・・・・・・・66年前の被爆者が娘のことで   原水協機関誌から ママ

今が未来に・・・・・・甲状腺被爆・・子どもの四五%   朝日新聞17日  1面トップ ママ

昔が今に・

66年前の被爆者が娘のことで  被爆者からの訴    

日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)KMさんは、当時7歳(国民学校2年生)、爆心から36㎞余りにあった国民学校の木造校舎の中で被爆しました。以下、要旨を紹介します。

 今、私が一番つらいのは、娘のことです。彼女は昨年11月に突然がんに襲われ、手術すればよくなると信じ、なめだしながら決断し、13時間にわたるつらい手術をしました。いつ再発、転移するかわからない状態で手術後、体も心も痛みの中、治療、リハビリをしておりましたが、突然逝ってしましました。病を発病して4か月でした。

 この子を授かった時放射能の影響が出ないか迷い、決断して出産した娘を苦しめ死に至らせたことは、つらくて、つらくて悔やんでも悔やみきれない大きな痛みです。

 被爆者は、被爆者であることだけで、人生の節目、節目で悩み、苦しみ、嘆き、怒りを覚えるのです。

 原爆の被害は、被爆者の命、からだ、こころ、くらしのすべてにわたり、66年を迎えた今も被爆者を苦しめ続けています。

 みなさん、高齢化が進む被爆者に残された時間は多くありません。できる限り被爆者の証言に耳を傾け、そして胸に刻んでいただき、それを回りの人に話してください。今日の聞き手は、明日の語り手です。特に若い方たちに期待します。

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今が未来に

状腺被爆子供の45%

 

 福島県の1150人 3月下旬調査

福島県の子供の1150人を対象にした甲状腺の内部被ばく検査で45%で被爆が確認されていたことを明らかにした。

01マイクロシーベルトが26%いた。002マイクロシーベルトが11%。最高は010マイクロシーベルトだった。3月の検査時に、そのン場で「健康に影響はない」とする結果が保護者らに伝えられた。数値は通知されず、説明を求める声が上がっていた。

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