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8月15日の終戦(敗戦)記念日

8月15日の終戦(敗戦)記念日。

66年前の1945日本男性の平均寿命は50歳以下だった。私はいま73歳、20年長く生きたことになる。平和があればこそですね。

長兄の旧制中学校の同窓会名簿を見てみた。昭和8年入学・13年卒業(終戦時21~22歳)の61歳の時の同学年名簿である。存命129人に対して103人の死亡。病死もあるので差し引く人もいようが、4割は戦死者だ。長兄は兵役に就いたが生き延びたひとりであった。みんなが戦争に引っ張り出されていた。

第2次大戦、日本が起こした戦争で、若い兵士を含め330万人の日本人とアジアの3000万人の人命が殺された。広島、長崎に人類初めての原子爆弾が投下され21万の即死者と、後に被爆者と呼ばれる40万人の人生を苦しめた。

そして今年3月11日、福島原発事故で多くの被爆者を生み出した。収まる気配どころかセシュウムは全国化している。

8月15日、終戦(敗戦)記念日に際して千葉県被爆者団体友愛会の85歳の青木会長が市原事務局長とマイクを握って市民に呼びかけた。場所はJR千葉駅であった。私もHさんに同行して駅頭に立った。S201181_015

「私たち被爆者は被爆後60年の間、無惨にも人間の尊厳を奪われ先立った御霊の無念に思いを馳せて、「再び被爆者は作らない」と誓い被爆者運動を続けてまいりました。

 311日の福島原子力発電所の事故による「放射線物質の拡散]という事態の現出は、安全神話を黙認してきたと言える、われわれの被爆者運動へ啓示を与えられた思いであります。

 生命の安全な在り方を、今一度此処で見直し、核兵器抑止論と原子力発電からの脱却をめざし、核兵器のない世界平和を求めて運動を強めてまいります。

 被爆者は老齢化しましたが、生かされたものとしてできることをできる限り、皆様のご教示をいただき名から、精一杯努めてまいります。」

命はよりよく生きるためにある。命の尊厳は何にも代えることはできない。核放射能が人間と生物を犯すことは広島と長崎の内部被ばく者が身をもって示してきた。

ところで歴代の日本政府は「死ぬべき人はみんな死んだ。内部被爆はない」という1945年のアメリカ政府の公式発表に沿った政策をとってきた。9年後ビキニ被災で認めざるを得なかったが、それからは、

広島と長崎の内部被ばくを「軽く、小さく、低く」見て被爆者救援をしないできたのであった。それは30回の裁判で政府がことごとく敗北した昨年まで続いた。その陰で歴代政府は「核の平和利用」の名で安全神話をつくり、原発をついに来るべき原発事故にゆきついた。そして今・・・・・。

ノーモアヒバクシャ、を叫びつ続けてきた多くの被爆者は  今年も千葉県で16名なくなった。 犠牲者と遺族ノ悲しみ、その追悼が未来に生きる子供たちにつながっている。7月31日開かれた千葉猪鼻公園慰霊碑の慰霊祭で参列者が手を合わせていた。

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