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2011年7月

忘れえぬ光景シーン  その1

忘れえぬ光景シーン  その1S712_001 放射線の潮風の中に立つこいのぼり、人の気配は一切ない。南相馬、原発から22キロ

S712_016 兄が600のご遺体とともに行方不明者として9日間仮安置されていた石巻市青果市場、

石巻から近い女川原発の付近、立つ看板

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南相馬市学校給食センター前。我がまちの市民有志で野菜運ぶ。S7142_047

Untitled

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田老の津波防波堤 2重の堤防を破り市街をおそう。その上にたってみた。

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「直ちに体には影響はない」 「基準値以下である」

原発の事故について私たちに大きな不安感を与えたものは  

 政府、東電の記者会見や行政、市役所の発表、ホームパージなどです。

1「直ちに体には影響はない」

2 基準値以下である

世界的な過酷事故レベル7を発表したのは1ケ月たってからです。「不用意に伝えるとパニックになる」と情報を隠し情報公開を渋ってきた言い訳がついていた。事故発生直後から、放射線は1号機から4号までの水素曝発、高濃度汚染水の海への投棄などで「遠く、広く、早く」広がっていった。「万が一のため」といってとりあえず避難させられた福島原発から3キロ、10キロ、20キロ以内の住民は帰れなくなってしまった。セシュームは今や全国に広がった。

「直ちに体には影響はない」。

ならばどういう時にどんな影響があるのか、

政府はそれを提示しないまま、原子炉の説明(核燃料棒を冷やす、高濃度放射線を閉じ込める方策、失敗、漏えい)に終始している。私の不安は当然募っていった。

結果はいまだ収束のみとうしはたたず、セシュウムは日本の国土を覆い、食べ物による内曝が現実となった。確かに直ちに体には影響はない。けれども内曝(飲料水、食べ物、呼吸、傷口から体内に入り体内から照射する) は5年後、10年後をピークに、25年を経ても各種ガン,白血病などが現れる、第5福龍丸、チェルノブイリ、アメリカ各実験地域で、何よりも広島、長崎で検証されていたはずである。各国[特にチェルノブイリの影響をうけて脱原発を決めた、遠く離れたドイツ、イタリヤ、デンマーク、スイスなどの、欧米での基準値はどうか。日本はどうか。

政府(文科省、厚労省,経済産業省、原子力安全委員会)、日本の法律で決めている1ミリーシベルトをいきなり20ミリシーベルト(3,8マイクロシーベルト/h)に引き上げた。1方、野菜などの暫定基準を作り、測定結果、(その基準以下、以上という情報を)だしている。法事国家の日本で政府が自ら法律をやぶって執行したのはなぜか。国民の安全保障が憲法の基本なのに安全に反する基準値を作るのはなぜか?政府の言うことに頼っていてはやばい、自分で調べたい。

そもそも暫定基準はどういう根拠があるのか。また諸外国の基準と比べて日本はどうか、週刊金曜日にも紹介された以下の図はとびぬけて日本が高いことを示している。 いったいどうして?  次の追及課題です。知っている方教えてください。又一緒に考えませんか。

こんなにゆるい日本の暫定基準Photo 週刊金曜日より

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憲法と原発   国家滅亡を避けるもっとも現実的な方法」憲法を生かす

憲法と原発    二人の論旨 に教えられる

憲法の理想 人間の安全保障 

弁護士の伊藤真さんは

いま日本で問題となっている貧困、震災、放射能汚染などすべてが、憲法が目指す人間の安全保障という理想からみると、大きな憲法上の課題です。安全に人間らしい生活が出来る環境をどう取り戻すのか。憲法が目指す人間の安全保障を、いまこそ憲法を活かすときです」と。

原発並べて戦争できない。山田太朗

又私は次のような趣旨の論文に私は改めて衝撃を受けました。「原発並べて武力を持つことがどんなに危険か。日本の原発は敵が引き金を握った核兵器である。ひとたび武力攻撃受けたら日本の国土は永久に人間は住めなくなる」。

そのわけは「通常兵器によっても原子炉格納庫は容易に破壊され、原発1基で広島の2百倍の核燃料も使い済み核燃料も取り出せなくなり。冷やすことも閉じ込めることもできなくなる。(実際に長年原子炉設計に携わった原発技術者  山田太郎。雑誌世界掲載)」という―原発並べて戦争できない――原発と憲法の関係――の論文です。

憲法成立当時「国際紛争の解決の手段としての軍備を持たずに徹底的に、平和的手段で解決するのが日本国憲法と9条であり、国家滅亡を避けるもっとも現実的な方法」ということが60年を経て「多数の原発が存在する今日なおさら現実的になっています。

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あなたにとって大切なのは電力ですか?それとも…小出裕章

あなたにとって大切なのは電力ですか?

それとも愛する人の命ですか? 

           ――小出裕章――より

今を生きるすべての人はこの選択を迫られていると思います。「命が大切だからこそ、命を支える原発の電力が大切なのだ」として、この二者選択を一笑に付する方もおられることでしょう。そんな方から本心をききました。

「確かに原発の安全神話は崩れたことは認めよう。でも原発は成長のため必要なのだ」必要悪といいたいのでしょうか。「日本の成長は電力がふんだんにあったからだ。これらの成長も原発あってこそ、なくせば国際競争力がそがれてしまう」。「蒸気機関車(SL)が日本に導入された明治期だって危険視された。原発だって技術が開発されて安全なものになっていくはずだ、そんなもんです」これは私の周りで実際にあった会話です。技術の先に人間がない自然征服近代文明の言葉でした。

311日以降、私は東北三県の被災地に5回足を運びました(宮古から南相馬まで)。行くたびに巨大な悲劇の進行を目の当たりにして心が凍てつきました。と同時にそこここに耐えに耐え、支えあい、頼りあう人々の営みと温もりに感涙しました。未曾有の不幸をともにしながら、優しく温もりがあり、ときに明るさもありました。

「安全」を信じ込まされた挙句、家族や仲間をバラバラにされ、故郷を失い、途方に暮れる方たちが、四街道の身近にも避難してきました。心で泣き、怒り、顔で笑う故郷を思う優しい人たちでした。

二者選択は正しい。今その分岐点。東日本震災がきづかせてくれたもの

将来にわたって命を傷つけるのは原発です。そして収集の見通しがないまま命を奪いつつあるのが、福島原発です。何の罪もない子供たちの未来を奪い、苦しみをもたらすのは原発です。福島(日本)5年後、10年後は 広島、長崎、ビキニ、チェルノブイリの放射能災害が先例となるでしょう。世界最悪の放射能事故のレベル7の意味です。そのうえ

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地震がヨーロッパの2000倍発生する日本国土に53基の原発があり、さらに使用済み核燃料を抱えたまま、東海沖地震、首都直下型地震、房総沖地震がこれから30年以内に87%の確率で起きると地震学者が警告しています。東日本大震災で日本の国土、地層が大きく横ずれしました。世界のプレートの10のうち、4つが集中するのが火山国日本です。太平洋、フィリッピンプレートの交錯する東海沖地震原の真ん中に浜岡原発があります。株主への社会的責任上、浜岡原発を稼働させると中部電力会社の社長が言っています。

活断層が全国土をおおっていている世界でもなれな国日本。20万人が家の下敷きになった阪神淡路大地震はその活断層が原因でした。死者6500人中88%が下敷き圧死でした。明日にでも起こりうる首都圏直下型地震(三浦半島活断層)も活断層型地震です。

それでも原発推進ですか、

今なお原発は「資源の乏しい日本には必要」だというのが政財界の多数です。命の価値よりお金の価値を大事する為政者たち。それを選んだ国民

放射線の危険性は

「広島、長崎で死ぬべきものは皆死んだ。現在放射線のため苦しんでいるものは皆無だ。」というアメリカの1,946年公式見解は日本政府に受け継がれてきました。ビキニ被爆、チェルノブイリ事故後もヒロシマ、ナガサキの被爆者の放射能被爆の悲惨さをを「軽く」「少なく」「狭く」しか認めようとせずつい昨年まで全国各地22の裁判所で被爆者勝利の判決を待たなければなりませんでした。

その間に安全神話を作り原発建設が推進され、外国にも輸出することを国策にしました。そしてついに、数々のトラブル、事実隠蔽のあげく福島原発事故、(史上最悪7レベル事故)が起きました。セシュウムは宮城を超え岩手に 千葉を含み静岡へそして関西県にも広がりました。全世界に広がっていくでしょう。

正義は愛に先行し、愛は正義を全うするS7142_085

私が尊敬する嶋田啓一郎(故人、同志社大教授、協同組合、福祉論)の言葉です。20数年間、年1度私は京都の西向日のご自宅を訪ねてきました。その折、目の前で色紙に書いてくださったことばです。クリスチャンの氏によれば何よりも“命の尊厳”にかかわることが「正義」です。

しかし、正義にはいろいろあって、平和利用なら原発も正義になってしまう。戦争のため人種差別の正義もあります。

「政治」「利得」が正義を大儀にするからです。放射能について正しい知識を閉ざされた中では、平和利用は人類の平和と幸福と繁栄をもたらすということが常識になり、それが正義と言わんばかりに国策となり、教科書で教えられることになりました。

ヒロシマ、ナガサキ、ビキニ福竜丸で苦しんだ人たちをわが身に置き換える人間の愛情があれば、そのからくりを見抜く方ができます。結局経済成長とお金のために原発の危険性を顧慮することなく推進を許すことになってしまった。人々の命、生身の人間への「愛情が正義を全する」という意味が先生の面影とともにいま浮かび上がってききます。

「あなたにとって大切なのは、お金ですか?それとも愛する人の命ですか」否応なく選択を迫られる時代を生きることになりました。

人の命のため、愛する人たちとともに、この時代生きていくこと。私は生きる意味をいのちの価値に置き言葉と行動にしている多くの人から希望をいただいています。74歳近い身ですが 日本中の子供たちの未来に希望を託して少しでも前向きに歩みつつある人の輪から落ちこぼれないようにしたい。311の東日本地震、原発事故から学び、気づいたことです。

Photo

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一番つらいこと  フクシマ 原発

一番つらいこと                         

所用の電話の最後にこんな質問をしてみた

 一番つらいことは何ですか?

 家族がバラバラになったことです。

 わかるような気がします。(実は本当にわかっているとは言えないのだが)

 あの日からバラバラになってしまっています。子供二人は新潟の親戚に。両親と夫はよそで、仕事の関係もあるし。私はこの地でこうして単身で。

 (福島原発から)20K以内だったんですか。

 そう、家も流されました。

 (南相馬)そこで貴方は一生懸命・・・・  (言葉が出ない)

 皆んな私の子供たちですから――ここは学校給食センタ――

(彼女は教育委員会勤務、給食管理責任者だとわかった)S19_051

 今度行ったときその子供たちに会いたい。隣が学校でしたね

 どうぞ。

この世に観音様のような方は確かにいる。確かにいる。

今、私の仲間は、南相馬の子供たちのために野菜を集め始めている。私のところにもいくつか集まってきた。今日もこれから取りに伺う。14日それを積んでHさん2トン車で南相馬に向かうことになっている。

その2

同じ団地に引っ越してきたHさん夫妻と

私 大変でしたね。何かやってほしいことあります。お互い様ですから。

H夫人 この辺わからなくて、・・お店とか(その後連れ合いは各所を案内したようだ。)

私 (次の日)母を引き取ることになった方が同じ団地にいて、その娘さんであるAさん夫妻が「おばあちゃんの家の家財を見て入用なものがあったらあげたい」と言っています。私が案内しますので、もしよかったら

――三日後おばあちゃんすむ家を訪ねると――

  どうぞどうぞ。何でもご入用でしたら差し上げます。

私 ( Aさんのおばあちゃんにむかって低い声で)。馴染んできたものを手放すってさびしくありませんか? 

Aさんおばあちゃん。 使ってもらうと私もうれしい。(とにこにこ顔)

H夫人 この洗濯バサミ、孫が来るのでこのコップをください。

Aさん。これどう?(次々に生活必要となる夏掛けなどをさしだす。きれいにたたんであった。――そういえば雪の降る日に避難したので夏物はないHさん夫妻だった)

Aさん このサイドボードいりますか?。

H夫人 いただきます。(私にむかって)また連れてきてもらえますか。(旦那さんは足を痛めていて近く入院するという。この日は同行されていました)

  いいですよ。帰りは旭が丘の電気屋さん寄りしましょうか。(玄関のブザーが壊れていて電気屋さんに連れて行ってといわれていた)

Hさん  何もしないのはつらいねー。(帰りの私の車の中で)

こうして近所付き合いが始まった。

Hさんは強制退去の日まで富岡町で10町歩を耕していた。有機米500表と有機野菜を千葉にも送っていたという。

冷厳な事実・・・原発は彼からすべてを奪った。故郷、仲間、仕事。7代続いた家、墓を奪った。艱難渦中の人たちから、生きるだけでなく、生きていくことの意味をまなびたい。問いつづけたい。

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 0,21    わが 花 ・緑、散歩みちに 放射能

0,21マイクロシーヴェルト わが散歩みち、7月1日、6時半。

この数字の評価は後に置く。0,11で1ミリシーベルトを超える。

その前に写真2枚

S6811_106 福島県境 宮城県側の海岸沿いで撮る。福島原発から50キロ

Untitled 6月26日、福島原発、動画より

118 7月1日 夕方  佐倉城址公園

134 我が家のハマユウ、広島被爆末裔

1597月1日 この地点で0,21散歩道

142 7月1日 散歩みち

166 7月1日、散歩道にて

散歩の帰りで出会う登校の小学生たち 0,17マイクロシーベルト

165_2 においも、味もない、見えない聞こえない、触れない放射線、0歳~9歳の子供の放射線感受性は40歳壮年の9倍。誰がまもる?   花にも、木々にも、人にも見境なく、そそぐ。何とか食いとめたい。

花はきれいだ、子供はかわいい希望だ、デモしたい。、

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