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仙台  仙台弁  せんでー弁

仙台弁

3,11を境に仙台弁が面に出てきた。

仙台弁では「恥ずかしい」ことを「おしょすい」とか「おしょすいこった」(このイントネーションが私にはえにいえない響きがある)とか言って裏に隠れていたものだ。

ところが大震災から日がたつにつれ、「悲惨」さの中にあって耐えに耐え、ひたすら家族と隣人を支えあっていた「ががさん(母、妻の意味)」たちがテレビ画面に堂々と出て仙台弁で語るようになった。そのたびに何かほっとする。

彼女らは「俺(おら)やんだ」(嫌いだの意)といってもう隠れない。福島原発に抗議する女性たちのあの「強さ」も見た。福島べんもいい。

私は兄の命を奪った石巻の現地光景を思い出すたびに足がすくむ。しかし、海岸沿いの「ざいご」(田舎の意)の人たちは、毎日足がすくむ環境の中にあって「こええ」(疲れた)とか言っておられず、「ていご」(おたがいに)におどけ(冗談の意)たりしながら必死にこらえ「かしぇえでいる(働いている)。「ひすて」(1日中、昼夜を問わずの意)戦っているのだ。

私たちは〔日本は〕みちのくの{がか}たちから学ばなくてはならない

それにしても「ぜいご」(田舎)で被災を受けた子供たちの様子、私には「もぞこく」て(不憫で)しょうがないのだが、時に見せるあの笑顔は日本中を励ましている。私も励まされる。

来週仲間と共にまたみちのくを訪ねようと思う。仙台のことを私が育ったころは(せんでー)とよんでいた。

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