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南相馬市で見たもの、聞いたもの。5月19日

南相馬市で見たもの、聞いたもの。519

そこは地震・津波・原発の巨大複合災害地だった

 南相馬市 人口72万人――福島第1原発から2030キロ圏内17,300世帯、20キロ圏内4,100世帯、30キロ圏外2000世帯。市はバスを用意して避難を“勧告”呼びかけたという。県内外164市町村に避難。うち福島県内30市町村に 6万人避難。町はゴーストタウンになった。

2ヶ月経過し、20キロ圏内を除いて、3万人が自宅に戻ってきており、避難しなかった1万人を加え現在4万人が市に在住している。避難中の3万人のうち11,431人が公的避難所624ケ所に避難生活中。(アオギリ世話人のFさんとかつて同じ職場だった方の奥さん、看護士さん、――の説明

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放射能なさらされたこいのぼり4匹

{以下写真と説明} アオギリ世話人のHさんの車と運転で400キロ。 四街道市を朝5時に出て11時半着。説明を受けた後 南相馬市北原地区、海岸から2キロ内陸地点、第1原発から2325キロの地域に案内され、私たちの目に焼きついた光景のいくつかです。

海岸から2キロまで津波が押し寄せた。

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圃場はまるで船の墓場。田んぼはいつよみがえるのか。

市内の田んぼは塩害、用水路破壊、また放射能で、全市あげて耕作中止を決定。いつ田んぼ

としてよみがえるのか見通しはまったくない。311日事故発生後2ケ月間も隠蔽されていた原子炉メルトダウンが昨日明るみに出た。あのときからすでにレベル7だったのだ。最悪。

永久に田んぼが甦らない最悪の事態だって予想される。そうならない様切に願う。レベル7のチェルノブイリの25年の経緯と今、を知る必要がある(添付検索を)。

    つづく

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