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追悼 二人称の死

追悼 二人称の死

この世で二人称の死ほどつらいものは無い。

この春 どんないに多くの”貴方”が奪われたことか。東北の太平洋ぞい200キロにわたる海岸では人々の生死は紙一重だった。おばあちゃんと孫が、子供と母親が、夫と妻が、先生と子供が、兄弟姉妹が、お友達同士が、隣近所同士が 仕事仲間が、一瞬で生死を分けた。

3週間後、私は海岸近くの瓦礫の中に立った。ここで、まさにここで、子供の名を叫びながら波に流されていった親、しっかり赤ちゃんを抱いて消えていった親子、妻と夫が引き裂かれていったであろうこの地。想像をはるかにこえ、人間の言葉では表現できない。。どんなに無念だっただろうか。どんなに悔しかっただろうか。もしかして最後に許されるその想いすら奪ってしまったのではないか。

  生死をつなぐもの

ある人が

波に押し流されながら木にしがみついて助かった。孫を探し回った。孫の誕生のとき記念に植えおいた梅ノ木が瓦礫の下に生きていた。今や梅ノ木が“孫”になった。大事に育てたい。生きるはりができた。孫が彼女を生かした。テレビがそう伝えた。

     お母さんとおばあちゃんが生きていたときしたこと、私にしてくれたことを忘れないで生きたい。

     これからつらいことがあっても、ふるさとのために前向きに生きたい。私は(亡くなった)家族も好きだった釜石をだいじにしたい。

     僕は全てを失った。でも、もっとつらい人もたくさんいることをこの避難所で知った。その人たちのために力になりたい。〔高校生〕

尊い死は生きる者たちへ、生きる意味を、生きるはりをあたえていることがわかる。

亡くなった人々をねんごろに追悼していくことが自分の生きる糧となる。息を吸うことを絶たれ 悲劇に巻き込まれた「あなた」はこの時5万人を超えた。そしてふえつづけている。あなたの悲劇に涙をからした人々は その何十、何百倍、何千倍に上るであろう。あなたへの追悼が深まるとき 見知らぬ人たちも親しい「あなた」と見えてくるようになる。

みちのくにゆかりがあった故井上ひさしが「受けた恩」の見知らぬ人への恩送りこそが21世紀の希望と看破し、自分の生き方でそれを示し、この世を去った。今それが名もない無数の貴方たちで始まろうとしている。人々のぬくもりで。人災の根をたちきる長い旅路に。

手元に高校の新1年生が、大学の新1年生と、新1年生同士で写った写真がある。写真をまえに何万の人たちに黙祷をささげたい。

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