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  空気を読まないと    じじ-同士のまじめ新春架空対談 

じじ-同士のまじめ新春対談

 BAさん

今朝の朝日新聞見ました?

朝日新聞元旦号のトップ記事です。「―教えない教育、答えは対話の中に―」の中にこんな1節が出ている。崩壊学級を受けもった担任の先生の言葉を引いてね。子供たちは「こういったらどう思われるか、まわりの反応を怖がり、思ったことをいえない」と。これどう思いますか?

KAさん

そりゃ子供だけの問題じゃないね。検察の事実改ざんには恐れ入ったね。昨年新聞をにぎわした数多の不正、不法、悪行を許した土壌は 組織社会の物言えない空気の支配だと思う。ものいえぬ風潮は『理性や公正、論理』であるはずの司法や行政の中に病的なまでにはびこっていて、権力者の不正、不法を許してきたといわれる。「周りを見て』つまり空気をよんで自己保身、組織防衛のために『強いものにはしたがっていく」『寄らば大樹の陰』の物言わぬ付和雷同的な処世術のはびこりはひどいなー。ため息が出ちゃうよ。

BAさん

うーんそうとは思うけど。でもちょっと考えてしまうなー。子供や、雇われた人たちの 物言えぬ側の人たちはみんな弱い立場のひとたちだからだ。空気を読まないと『仲間はずれ」になってしまう、飯のくいはぐれになる。

子供を守るシステム(地域、学校、家庭)が怪しくなりそれがいたるところで崩壊しているし。身分不安定な働く人は、事実上首切りがあっても誰も助けてくれない。労働法上の働くものの権利保障がなおざりにされている実態もみている。

 物言えば災いが自分にくるのではないかとびくびくもする。上からの競争と同調圧力がひどくなるにつれてストレスが加重されていく。弱い立場の人と権力を持った人とは分けてみないとみえなくなってしまうのではないでしょうか。

KAさん

なるほど、なるほど。 物言えない、いたいけな子供たちがいると思うと、それは子供の責任じゃないよね。これが学級崩壊の原因なら、物言わせない大人社会の行き着く先に社会崩壊がまっている、ということになるね。その兆候はだんだん顕在化してきたとおもいます。まずは社会崩壊に先立って会社崩壊が進行している。

雇用でみると20歳台の5割が非正規労働者になってしまった。これでは結婚できない人々が増大する。子供ができない。生まないは長寿化するは、で当然にも日本社会はいびつになり、社会の継承がまともに保障されなくなっていく

BAさん

 国民主権の当事者が主体にならない社会ってどんな社会?1部の権力者の支配する社会になるしかない。強いものに従っていく。政権が変わっても政財界は卑屈なまでにアメリカにしたがい、政治家は法人税を下げつづけて財界に従う。その財源はどうするか、国債を増やし続けながら、福祉など弱い立場の人を切り捨て、庶民からは消費税15%ときた。強いものに従うだけの社会。嫌だね。

僕はもう少ない余生だけれど、次代の日本人は気の毒だとおもう。これから生まれる赤ちゃんすべてが、2000万円の借金を背負ってオギャーと生まれてくることになる。

TAさん

 事実はそうに違いないが、お二人ともそう悲観的になりなさんな。

救いはあるよ。「人間は愚かともいえるが人間は信頼するに足る存在」(井上ひさし)だし『救いは文化」(大江健三郎)だし。

見た目には物言わない、いえない大人も心の中ではみんなよりよくいきたいと思っている。わたしもそうだ。私は73歳それをよくみてきました。

 みんな心豊かに生きたいと思っている。ただ情報や、事実から目隠しされ、きずく機会を奪われているにすぎない。

でも機会さえあれば 子供は堰を切ったように快活になるし、大人も

よくみると みんな身近なところで支えあったり、たすけあっている。家族も地域の仲間も仕事仲間も、先輩も友人も胸を開き合うことができる。笑いと涙の日々を送っている。

共感し合える機会が増えさえれば、幸せを作る社会的な大事な取り組みの必要にきずき参加することができる。活自開公(みづからをいかす)これこそ活路じゃないかな。

BAさん

生前の「井上ひさし」から直接聞いたことですが「雨にも負けず」の作者「宮沢賢治」は 暗い時代の中にあって 社会改革を目指しながら 自分の身の回りの関係を豊かにしようとした。それで童話を書き、社会的な実践をしてきたという。人間、人と人との間に 雪や岩や天体や木木や動物を入れておびただしい作品を書き、後世の人々を心豊かにしてくれた。こうしていてもドドーどどーといった『風のまた三郎」の風の音が聞こえてくきます。

宮沢賢治が生涯をかけて証明したように関係を豊かにしさえすれば関係が創造されていく。なるほどそれが自分を生かしてくれているまちのまち作りなんだとおもいますがどうだろうか。

3人   なーんちゃって、かっこいいことをいっちゃいました。新春ということで、ご容赦ください

 

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