« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

平和と文化のつどい

友人から

クリスマスに
こんなイベントを開催出来る

四街道の街の素晴らしさ  というメッセージを先ほどいただいた。

   井上ひさし原作の『父と暮らせば」の上映会

   約700人が集まり 魂が揺さぶられ涙をぬぐった。

   すべてが手作りの企画 宣伝  

   千葉県被爆者友愛会の全面的協力の原爆展

   近所の方も

   かっての職場の友人たちも来てくれて

   一緒に歌を歌い

   家で折ってきた折ずるで会場に飾った

   今日はクリスマスの日

  被爆者のうめきをつづった

  『父と暮らせば」はたしかに聖書だ

20101225_3 20101225

20101225_620101225_5j

20101225_7

20101225_2

S_017

| | コメント (0) | トラックバック (0)

 父と暮らせば  故井上ひさし原作  映画  上映に寄せて

明日12月25日  このまちの文化センター大ホール(1200人収容)で

「父と暮らせば  故井上ひさし原作  映画」が  上映される。

よりによって暮れのせわしいときに自主上映するのだから 入場者

の入りが多少不安だが市民総数の半数の署名を集めた余勢をかって

やることにした。「核兵器廃絶都市宣言27周年平和と文化のつどい」

である。被爆した父と娘を描いた芝居の評価はもはや国際的であるガ

映画も魂を揺さぶるらしい。明日が楽しみだ。感想はよく吟味してから

後にブログに書こうと思う。

今日は作者が書いたエッセーで心に留まっていたことことをヒントに述

べるにとどめる。氏は数百編の被爆者の手記を拝むようにして読み、

『これらの切ない言葉よ、世界にひろがれ」と何百回となく呻きながら

書いたといっている。”手記は「聖書」”---記憶持ち寄りを力にーー

ともいっている。

核兵器を「抑止力」とする「脅し」の米、ロ、英、仏、中、印、イスラエルの

「核抑止力政策」   (抑止とは英語ではデターといい脅しの意)の元で

被爆の風化ほど怖いものはない。戦争,紛争の多発の中で被爆の風化

は何を人類にもたらすか。生きとし生きるものみな未爆状態におかれる、

戦争が原爆使用につながる21世紀  戦争の風化もまた深刻さをもたら

していく。

いま武器輸出の緩和  非核3原則の修正など日本の為政者が言い始めている。、

それを許す土壌が風化のかで容易になっていく。

前ローマ法王は過去を振り返ることは将来に対する責任を担うことです、

とのべている。  

井上ひさしの「記憶持ち寄りを力に」はそれに呼応した言葉と見ることもできる。

それは誰かがやってくれるわけではない。自分の問題となる。

「父と暮らせば  故井上ひさし原作  映画」の上映」は時宜に適している。

実行委員の中心を担った地の塩の人たちに感謝したい。

Photo

   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ナンテン  南天 で思い出す 阪神大震災

早朝さんぽから帰ってきたとき庭の端の南天がめにとまった。・

S_004

実は小粒ながらりんとして位置は定かだ。寒さに耐えて朝を迎えたのか、

赤い実たちが朝日にまぶしく輝いていた。

上を見ると蜘蛛もまた寒空に位置は定かに雲の中にあった。。

S_009

南天は  古来難転に読み替えられてきた。生家のトイレの

手洗いのそばにあったことがうかんできた。暗いイメージの

トイレではあったが、冬中赤い実をつける南天は 幼い心に

まぶしかった。阪神淡路大震災時に生協が被災の

土地に難転を植えて復旧にまい進したことが思い出された。

玄関に入ると、朝市で分けてもらった南天が1922年の飢饉

のなかで立ち上がった「米よこせ」像ミニチュアのそばにあった。

どんな大変な中にあっても庶民を励ますのが南天。

S_007

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ガキのころは馬鹿だったなーほんとに

ガキのころは馬鹿だったなーほんとに

その一 小学校時、私の家は始業のベルがなってから走っていっても充分間に合う距離にあった。何時も家の周りで仲間と遊びほろけてから教室に駆け込んでいた。授業が始まった。あれっ教科書が入っているランドセルがない。遊びに出たまま教室にきてしまっていたのだ。忘れグセは今も続いているが源流はこれかも。

その二 どこの家も昔は縁側があり子どもにとってはいい遊び場だった。例えば男の子たちがいっせいに並んで庭にむかってどこまで飛ばせるかの競争をしたものだ。下でアリさんの滝のぼりがあったかどうかは思い出せない。

その三 銃器を装備したジープで米軍(当時は進駐軍)が仙台のまちまちに威嚇のためかまわっていたが飢えた子どもたちはチュウインガムをばら撒く米兵にハローハローチュウインガムといって群がった

。私の名はハルオ。いらい私のあだ名は長い間チュウインガムになった。父からは卑屈な真似はするなとえらい剣幕で怒られ(蔵にいれられたり)友達からはチュウインガムといって囃し立てられ自分の名をうらんだ。

でもねエ、ハルオのハルは本当は晴れやかの晴、隣に住む詩人がつけてくれたものだった。自分の名前をうらんだガキのころはやっぱりバカだったのかなー、ほろ苦い想いがいまもうずく。やっぱり戦争はだめだよ。

003 近くの川村美術館の庭園にて。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

栗山川 房総九十九里浜にそそぐ小さな川

栗山川 房総九十九里浜にそそぐ小さな川

二〇〇五年 秋 川口堰に魚道が出来 

長らく途絶えていた鮭の遡上が始まった

太平洋を回遊してやっとたどり着いた鮭たち

川口で捕獲され 孵化し 放流された鮭たち

4年たち  たくましい遡上がはじまった

ここは栗山川 

鮭の祖先が有史以前からたどった川 

水源地多古や 山田町の谷津田湧水につながる川

しかし 原郷にたどり着く前に 堰で阻まれ 

やむなくコンクリートのうえにのたうち産卵させる川

一生で許されるたった1回だけの産卵だというのに

おびただしい卵が漂い 橙色にうずまき底に固まり

 生のリレーを断ち切らせる川 なんたる無惨  なんたる散乱

連綿とつづいた新たな生への転換はこのようにして断ち切られた

いったい千葉はいつから循環の機会を奪ったのだろうか

回帰のリズム 自然のルールを見失ってから久しい国 この日本

ツケの大きさにきずかずに なすべき事をしないままに 

小欲のため未来の大欲を見失ったGDP信仰の国

この先にあるのはただ 茫漠  茫洋と広がる世界だろうか  

だが ここに

心を痛めて立ち上がり始めた人たちがいる 

横芝 光町からはじまり多古

山田町につながる流域の人たち 

山倉めがけてのぼりゆく鮭に心うたれた多くの人たちがいる

子孫を残すための鮭のパワーのたくましさに感動する若者がいる 

鮭よ戻れと孵化させ放流し続けてきた

栗山川漁協の人たちがいる

鮭が安心して遡上出来るように手をさしのべ始めた人々 

水辺に心を配るあの町この街の里山メンバーがいる

はたして 適うだろうか 

間に合うだろうか 再生できるだろうか

未来永劫  この地に  鮭が安心して産卵できるように

遡上の姿をいつまでも子どもたちが見る事が出来るように

誇りうるふるさとのために

多くの人の心の重ねあいが始まった。

彼はいま確かに再生への蠢動を感じ始めた

蘇生の方法は?その解は?

流域のあのまち この町の

川と海 谷津田に森林  田んぼと畑 が手をつなぎ

古来より奉納の鮭がとりもつ つながりの風土や景観のなかに

感動を取り戻し 感性を呼びさますこと

未来に思いを馳せ鮭の身になって

鮭 =自然を追いつめた わたしたちも手をそめた私欲効率社会

そこかから脱却にギヤチェンジすること

それは

多古米を育て  鮭をはぐくむ水源地に

襲いかかろうとする  産廃 近代の負の遺産

水源地の染井に産廃敷設を許さないことから始めること 

ここは栗山川 

 二〇〇五年  冬

源郷をめざし必死に遡上する鮭たちがいる

森や里地からの清冽な水があることを疑うこともなく

のぼり始めた鮭たちがいる

なんというすばらしい  命の営み  無欲な姿 エネルギーだろか

しかし待っているのはにごった水 コンクリートの産床

 満身創痍の仲間たち

古来生死の転換は自然のリズムの中で行れるはずのものだった

再び心を合わせたい

 満身創痍の鮭の身になって 手をつなぎたい

いきとし生きるもの皆自然のなかにあるという

当たり前のことを識る為に

千葉が恥葉にならないために

水源地に産廃敷設を許さないために

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ここは地球のてっぺん  朝7時   大地も空も畑も人も包む紅葉 

ここは地球のてっぺん  朝7時~  紅葉  陽光S_003 空も紅葉

S_011 畑も  大根も

S_015 森も  S_022木々も

S_025 S_033 焚き火まで

S_045 S1128_15_029 家も紅葉?

S_023 遠く東京へs 列車を照らすS11_019 6時半からラジオ体操 顔をほてらす面々15人 

komorebiS1126_015_2S1126_018

木漏れ日  の言葉は外国語に移せないそうだ。英語の字引をひいてみた。

sunlight through the trees..成るほど日本語に軍配。、4季の変化に富む日本ならではの表現。先祖たちに感謝する。でも利益万能社会は生活から4季の生活をうばってってしまった。木漏れ日の存続も怪しくなった。 自然だけな正直に4季の移ろいを見せてくれる。

S_031

日本社会の蘇生は 4季  紅葉への感性からも

| | コメント (0) | トラックバック (0)

犬も歩けばーーーーー

美しきもの   季(奇)なもの  喜なもの  家の周りで出会ったもの

11_008 ホタルの里で   スズメバチの巣  おおこわ、冬になればみないなくなるらしい。巣だけが残る

1113_08_010  宿かり   四街道ではほかになし

S1126_015 この日  空も紅葉していたぞ

S1128_15_002  にはの片隅で

S1128_15_045

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »