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2010年9月

和波孝禧のヴァイオリン  生で初めて聴いた 

♪♪♪♪

障害者9条の会の呼び掛け人のひとりでもある和波孝禧ヴァイオリン演奏を

をさる25日新大塚で聴く機会があった。暖かい心地は2時間掛けてかえった家まで続いた。♪♪♪♪

アーサービナードさんの記念講演も超一級なら2部の和波孝禧のヴァイオリンも超一級。

前者は私の頭を奮わせ 、後者は心を震わせた。前者は3回目  後者は初めて。

演壇までつい10mの席。前者は詩人の言葉 表情からも思慮深さが伝わり、後者は たとえばバッハの

曲では 神々しさを感じさせる。全身の身のこなし 指先の繊細さ、特に低い音の美しさといったらない。

繊細な音色を送ってくる。たちまちにしてとりこになっていった。 

曲間に挟むトークがまたあたたかい。私の原点は 東京大空襲時、奇跡的な誕生にさかのぼる、と述べた。生命の尊厳を

バイオリンの演奏に全身を掛けて注ぎ込んでいるようだ。まさにそのとうりの演奏が続く。

kまたユーモレスクなどデザートてきな演奏が始まる。会場はしずまりかえる。私は目を閉じた。

 久しく音楽にも閉じられていた涙がにじんでくる。突然といっていいほどの拍手沸き起こり鳴り止まない・

ピアノの土屋美寧子が盲人の和波孝禧の手をとってアンコールにこたえて現われた。

周りを見ると 白杖を持った盲人がいっぱい。

また涙がこぼれる。

ともにこの場を味わえた喜びの絵にいえないなみだなのだろうか。

近いうちに 氏のコンサートを ベターハーフに贈りたいと思った。♪♪♪♪

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運動会  こどもたち  孫恩  ほっと

   親恩 でなく 子恩という言葉をつかった昔の祖母がいたという。親恩を押し付けてきた時代の中で

んかほのぼのする。

先週  さる田舎の小学校の運動会をのぞいて見た。

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爺さん バーさんが見たところ親以上にきている。

時に 手をたき大声を上げーーーこれはバーさんーーー玉いれ などにも出張っていく。地域ごとに応援席があり

おなじ地域の子供が走ってくるとにわか応援団。地域ごとに応援席があるのは、地域のつながりがまだあるの

これを見ていると爺さん バーさんこそ孫に恩。孫恩だと思う。この学校はまだ田んぼと畑に囲まれている。S2010918unndoukai_054

だからこどもも添付のような絵を描いている。 こどもたちも生活がわかのか

 今日はご馳走様でした。

いつもはお父さんとお母さんは

デザートやドリンクバーを

たのんでくれないけど

 今日はたのんでくれたのでうれしかったです。

(これを書いていたら、お父さんに軽くたたかれました)

 

・・じゃあおやすみなさい・・    

  PM 9時16分15秒

 親の稼ぎに少しは配慮する。この地域の中学校は往復12キロのところ

に通うこところにある。

バスも電車もない。この地域の子供たちはきっとたくましくなることだろう。もやしっ子に育つよりもずっとよ

い。この地域の親たちも子恩を感じるときが来るだろう。

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か、或はくずれ始まった地域への配慮か。いわゆる都会の学校ではない。

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平和って何 だろう  それは 今朝の朝顔

僕の平和って何 だろう   

それは 今朝の朝顔  いまをさかりのセミたち

目の前のこども  アルバムの赤ちゃん  食卓

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胸にえがく平和って何だろう 

それは 喜びをつなぐ人たちの  愛  友情  思いやり があふれていていること 。分かち合える人たちいて、人間的な当たり前がずーと行き来すること 

だが「当たり前」を許されなかった人たちがいた。 確かにいた。いっぱいいた。

  このまちの友人からかりたある日本兵の2つの戦場  近藤一の終わらない戦争」という400Pの書物を昨夜読み終えた。日本兵士が中国と沖縄の2つの戦場を廻っての実体験を3人の 学者の歴史考証の裏づけを持って日本が加害を与えた現場を訪れて書かれたものである。皮相な戦記ものではない。  表紙を添付した。機会があればぜひ一読をお勧めしたい。私は手元の置くため新たに買い求めている。

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さて読むほどに、1ページごとに私がこらえ切れなかった慟哭の中身は変わっていった。近

藤一さんは決して涙を流さない。 みづからかかわる中国と沖縄での加害に次々に向き合っていく。中国と沖縄に執拗に足を運で現場に立つ。同行の学者は軍国主義の中で選択枝のない運命を余儀なくされていく青年近藤一について記述しているが、氏は被害者と加害者の痛みを共になめた人であった。

自分がやったことから逃げないで向き合うのは並でない 沈着な姿勢を氏にもたらしたものはなんだったのか「 再び戦争はあってはならない」

そのためには

ちゃんと本当のことを言わなくてはならない

事実を伝えることが謝罪の始まりなんだ」

という氏の述懐(141P)に示されている。不条理に一人一人極限の中で殺された中国と沖縄のそして兵士たちへの84歳までの氏の慟哭の履歴があった。それがページをめくるごとに手に取るようにみえてくる。

この本には兵士による首切りの体験の記述など1000万人殺傷とも言われる中国での加害、皇国護持のため20万の こども女性 老人など民間人の死をもたらした沖縄の悲劇の一端が記述されている。

為政者はその責任について、{戦争は国民等しく受忍すべきもの}としてあいまいにし、

 加害者の多くは被害者であるにもかかわらず口をつぐみ 

 国民の多くは「仕方がなかった」と観念し責任をあいまいにした。

結果次の世代に肝心なことを伝えないまま沖縄を犠牲にして 戦争の火種を残し軍事費5兆円の世界で屈指の軍備を持つ国になってしまった。かってグワァムのきれいな海岸のそばで手を合わせ花を手向ける老夫妻に出会ったことがある。戦友たちですかと聞くと かすかにうなずきの表情がかえってきた。ビキニではしゃぐ近くの若者たちの姿がうかんでくる。もう20年以上前のことだが。

再び平和って何

屈託なく  ビキニではしゃぐ若者たちの姿は平和そのものである。でも同じ砂浜にはたくさん遺体が風雨にさらされ  グァムの山の3分の一がばく撃で変形し屍が散乱し横井さんが数十年隠れてすんだところと知ったら。

海辺でおよげる幸せが大事だからこそ くづれぬ平和のために  近藤一さんは 戦ってきたことが若者に伝わるのではないか。

平和って人と人の当たり前の関係によって  あたりまえをなくそうとする戦争につながるあらゆることをなくす 意思を持った 戦いであったのだ。

    それは沖縄のジュゴンに思いを馳せ

     当たり前のことを当たり前にしない現実と戦う仲間たちとの絆から。

    過去を 知ることで得られるもの  たたかいとるもの

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9,11 同時多発テロとそのご  命はみな尊い 作家三浦綾子

1昨年12月米詩人アーサー-ビナードは私のまちでの講演で「右の頬をぶたれたら左の頬をさ出す」、というキリストの教えを誰も実践し検証していないと看破した。なるほど歴史の事実は左の頬をさしだすのではなく宗教の名で(権力者が宗教を利用して)の戦争の歴史であった。そして今も続いている

キリスト教原理主義者を国家中枢にすえたブッシュのアメリカはイラクに侵攻し、おびただしい無辜の人々を殺した。十字軍になぞらえて正義の戦争とまで宣言しアメリカに味方しないものは敵とも言ってのけた。私はテレビでブッシュがそのように語っていたのを暗

      たんたる思いで聴いたものだった。

イラクは大量殺戮兵器を持っていて9.11テロのアルカイダを支援しているというふれこみだった。程なくそれがうそだと言うことが全世界に明らかになった。イラク侵攻後6年目にアメリカではブッシュを批判したオバマが大統領に就任することになった。でもま

      だアフガンにこだわり一層深おいしていると報道されている。アメリカがベトナム、イラクのような泥沼に陥り始めている。

軍事によって何も展望は示せない時代に入ったのである。

日本はどうするのか。

核の時代のいわゆる『正義の戦争』は世界を破滅に。

「キリストは決して国のためなら人の命を奪ってもよいとはいわなかった」と記したキリスト教信者の作家三浦綾子の言葉が浮かんでくる。軍国教師だった反省の上で人々に『徴兵は命かけても阻むべし祖母母おみな牢にみつるとも」の短歌を紹介している。「命はみな尊い」と言うもっとも人間的でプリムティヴな言い方でかたりつづけることによって「国のためなら人を殺してもよい」「人を殺せば栄誉になる」と言う軍国主義の台頭に警告しているとみた。

私はキリスト信者ではないが 生死の深みにおいて内省し社会を見ようとしている宗

教家に敬意を持つ。最近知り合いになったばかりだが若い牧師に期待したい。機会

が許されるなら又話したいと思う。氏はその後  平和のミサのあと被爆者に講演を頼んでいる

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冬の兵士イラク・アフガン帰還兵

わたしもこの機会に

イラク戦争の実相をメデイアではなく帰還兵士から直接聞き

たいと思っていました。この機会がめぐってきました。

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冬の兵士イラク・アフガン帰還兵士・リレー証言集会 IN千葉

こんな機会はめったにありません。ぜひいきたい。

肝心なことは 事実を知らされないことにある。またしろうとしないわたしにあると思います。

沖縄基地から海兵隊が。普天間基地は日本抑止力?。

この戦争で起きていることが人びとの耳に届かない限り、同じことがおき続け、人が死に続けます」J.M.ターナー、岩波書店刊「冬の兵士」より)

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井上ひさしの最後の長編小説  「一週間」

井上ひさしの最後の長編小説 「一週間」を読んで

この作家は死に向かう病床の中で渾身をこめて  最後の長編小説 「一週間」にてを入れたという。

わたしにとって長編「吉里吉里国」の面白さ といったらなかった。 腹を抱えて笑いこげた。 そしてしみじみと

日本が抱えるもっとも深い問題と向き合うようにひきこまれていった。

500ページにおよぶ 「一週間」も氏らしいユーモアはそこここにちりばめられている。が一味違う。

歴史の事実に克明に分け入っていき、その深刻な真実を、ユーモアと皮肉で示すことでうきあがらせている。

この作家には「社会主義は良い筈」といった筈論的な演繹の発想は一切ない。

 中国で暴れまわった関東軍 60万人がソ連の虜になり労働力として過酷な使役の下に置かれた。スターリンの

国家が日本の軍国主義旧秩序を温存させ  日本軍指導部と一緒になって兵士を強制使役し多くを死に追いやっ

た。

わたしは人間を侮蔑する日本軍とスターリンのソ連のやり方を時に批判する。しかし その実態について進

んで知ろうとしなかった。井上ひさしは 事実が知らされ  伝わなければ  歴史は繰し人は死に続ける というメ

ッセイジを人間性の主張に昇華させて示した。

この戦争で起きていることが人びとの耳に届かない限り、同じことがおき続け、人が死に続けます」J.M.ターナー、岩波書店刊「冬の兵士」より)

Suntitled

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