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核抑止   核恐怖下の未爆者としての私たち

核抑止という名の恐怖の応酬

核兵器は何故増え続いたのでしょうか。そのわけを日本で始めてノーベル物理学賞を受賞された故『湯川秀樹博

士』が半世紀前に看破し警鐘していました。「米ソの核軍備拡張が強まる方向に事態が進んできたのは、それは

核抑止という誤った考え方にある」と述べています。平たく言えばたえず「相手国に核報復を行うという威嚇を

うことにより相手方の攻撃を思いとどまらせる、」そのために米ソは相手より ヨリ優位に自分をおこうと

して核開発競争を続けてきました。(核なき世界への著者 岩垂弘 同時代刊 から)

その結果が26000発です。日本政府は 核抑止の名「核の傘」に入ることを選択し開発競争を容認しててきました。

最近国会で明確になりましたが原爆もち込みまで密約で許してきした。私たちは核抑止という名の恐

怖の中で生きてきたことになります。

冷厳な事実の前に

この間世界は幾度となく核戦争の瀬戸際に見舞われました。多くの歴史家が史実として論証してきたように朝鮮戦争時に、キューバ危機時に、台湾海峡紛争で、ヴェトナム戦争時に、湾岸戦争で核使用の一歩手前までいきました。ソ連消滅後もアメリカは“正義のため”に核兵器の先制攻撃の権利を留保し核兵器保持、開発をバックに国際政治を進めてきました。

希望へ

しかし核兵器は たった1発の使用でも敵味方関係抜きにすべてを殺戮し尽くし世界を破滅に落とし入れ

ることが少しづつ世界に知られるようになりました。核兵器の95%を持つアメリカとロシアにおいては核放射能被害が自国の兵士と市民を襲い始めました。アメリカはイラクから帰還した劣化ウラン弾に触れた兵士たちなどによって、ロシアはチェルノブイリ原発事故(ヒロシマをこえる惨劇ともいわれる)などによって。核兵器拡散や核テロの恐怖が核独占の為政者をも捕らえ始めました。

しかし核兵器を『俺は持つが、お前はだめだ』という脅かし論理で世界を納得させることは出来なくなりつつあります。。無関心は平和の敵ですが 人々をブラインドにしてきた為政者の責任こ問われなければならないでしょう。

「核の絶対的事実は人々への最大の説得力」です(母と子で見る原爆を撮った男たち。草の

根出版会)。最大の問題は米ソそして英中仏  さらにイスラエル  インド  パキスタン 北朝鮮の核保有、開発国の国民が核の恐ろしさを知らない(知らされてない)ことにあります。さて日本は?

希望は知ることから始まるといいます。解決は政治ですが、それを動かしかえ支えるのは 人間的視点に基づく運動です。被爆者の運動が鏡ではないでしょうか。

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