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下町のぬくもり

その頃、私の家族は東京は下町の路地の一角に住んでいました。40年以上前のことです。

「あの頃が懐かしいね。隣のおかみさんどうしているかな。そうそう留守していたとき雨が降ってきた時なんか、なんとハシゴかけて洗濯物を取り込んでくれたね。」

妻「そうそう、子供が石ぶっつけてガラスを割ったときには首根っこを捕まえて叱ってくれたおじさんもいたしね・・」

「お向かいの奥さんはね、お仕事をしていては作れないでしょうといってクリスマスケーキを作って持ってきてくれたこともあった。そのまた隣の犬を飼っていたおうちのおじちゃんは、子供を銭湯に連れて行ってくれたこともあったよね」S07032527_094

僕「お休みの日に植物園に連れて行ってくれたおじさんもいたなぁー。そのころ僕は仕事で日曜も殆んど出掛けていたからなぁー」

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「下の子が生まれたばかりでわたしは連れて行けなかったしね。下の子が生まれたばかりには、おしめ洗ってやるから持ってきな、と声をかけてくれたおばちゃんもいたよね。うちの母が倒れていて実家に帰れなかったので一人で育てていたからね。実際は頼まなかったけど嬉しかった。仕事を持っていて大変だろうと何かにつけて手伝ってやろうという隣近所の気遣いが嬉しかった」

「久しぶりに訪ねたとき、近くの八百屋さんの女将さんに会った。35年前のわたしを覚えていてくれて、『あらしばらくだねー』と声をかけてくれた。『お茶でも飲んでいってもらうといいんだけど、今出掛ける途中なんで悪いね』と。毎日のように買い物をしていたとはいえ35年も前の話だよ。」

「よくもまー、やっぱり下町だなー」

妻「私たちは 困ったときがあったら言ってきなと声をかけてくれた路地奥のおばあちゃん、おばちゃんたちに囲まれていたわけよね。それがいざとなったらやってくれるだろうという、安心感と心地よさを与えてくれた。」

「朝の出がけに間借りしていた二階の窓から、長男が『お父さんまた来てねぇー』といったことが路地裏に響き渡ってしまった・・・。そのころわたしは毎日夜は遅く、責任者だったので 土、日でも出かける仕事だった。」

『その時代、世の中は仕事は男、家は女という役割分担意識が強まっていた。でも下町では男も女も家にいていっしょに働いていた。町工場もあった。サラリーマンはというと当時保育所がなくて共働きもできなかった。僕らはここに6年近くいたのは、無認可保育所が近くの長屋にあったこと、職場も近く、生活はかすかすだったから共働きしてたわけだ』

「周りの方たちがよかったからよ」

下町のぬくもり今いずこ

」あれから40年後の今はどうだろうか。あのような町はもうないのかもしれない、人と人との関係が希薄な社会になってしまった。私もかかわった協同組合をはじめ多くの人々はそれに逆らってきたのだが、この数十年 経済第1主義によって人間間のぬくもりの価値はたらいの水と一緒に流されてしまった。優勝劣敗の新自由主義で「ぬくもり」というと甘ちょろいとして下げずまれさえもした。とどのつまり弱者は自己責任と切り捨てられた。そんな時代になってきてしまった。

「妻」難しくいわないでよ「こんなことでしょう」例えば多くは家と家との間には塀があって、門を開けていかないと隣にいけなくなった。縁側コミニケションができなくなった。男どもはたまにゴミだしにいったときぐらいだよね、近所と挨拶するのは。仕事を辞めてからの近所付き合いもままならない。みんな高齢になってしまって地域はどうなるのかしら。おばあさんは少しはましよ」

「妻」それでも、ご近所とは何かとうまくいかないことよく聞くね。 ここの生協の班でね、頼み頼まれ仲良く行き来している。犬を見てあげたり。おたがいに留守のとき見回ったり。おすそ分けしたり。お買い物にお連れしたり。

「僕」なるほどそれは救いだね、食べ物のことで支えあい、助け合いの願いから生協が出来た。職場はどうだろうか。かって僕のいた職場では困ったさんが職場にいれば声をかけたり、支えあう職員がかならずいたね、仲間を思いやる職場で過ごせたことはよかった。今もそうだとおもうけど。

  

     ぬくもりある関係を求めることこそ

ぬくもりのない組織や企業に先がない

さて世の中は派遣切りや倒産した会社の労働者に手を差し伸べていない。優勝劣敗の効率業績評価の中で人と人の関係がきしんでいる。排除されていく。自殺者が連続14年毎年3万人の日本は異常という他はない。自殺者の10倍の未遂者いる。働くもの鬱つはどんどんふえている。

かって花王の元会長が言ったことを聞いたことがある。――生き延びるためといって合併し結局集中価値だけを追いかける企業や組織の未来はくらい――、と。それが検証される時代を迎えたといっていいのではないか。企業社会では大きいところで破産が始まっている。JALとJASは其の典型といえる。続く

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