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子供 暮らし 遊び 時代とともに

子供  暮らし 遊び 時代とともに

   古希を迎えた人との対話

”ついに、というべきか”とうとうというべきか、昭和(30年代)の娘さんもやっと古希を迎え、僕と並ぶことになった。

この日を別に祝うこともなく過ごしてしまったが、こんな会話をしながらお茶を飲んだ。

「君は小学校のころもちっちゃかったろうね、学校までどのくらいかかった?」

相手「小一時間かな

「へー、僕はたったの二、三分、校門に入ってからのほうが長かった。」

相手「あっち、こっちよって仲間を誘い遊びながら通った。土手の上を歩いてね。」

「学校の行きかえり、どんな悪さをしたの?」

相手「冬は学校へ行く前に、友達の家の庭で焚き火に当たってあったまって行ったりしたよね。帰りは今度は芝草を結んで次に通る人がそれに引っかかって転ぶように細工をしたりね、それで翌日自分がその結びに引っかかって転んだりしたよ」

「へー。楽しそうだねそれから?」

相手「時には土手に生えている、ツバナのわかめを食べたり、スイバのすっぱい茎をしゃぶったり、高い桑の木にノボって桑の実を食べて口の中をまっかにしたりしたよね」

「その土手だが、義兄さんが通学途中米軍の機銃掃射に会って土手の上から転げ落ちて避けたそうだね」

相手「近くに飛行場があったから、みんな狙われたんだよ。親たちが総出で通学通路に防空壕を掘ったそうだよ。私は戦後の入学だったからそんな目にはあわなかったけどね。平和っていいよね。でも戦後は兼業農家だったけどひもじかったよ」

「なに食べてた僕はねー・・・・」

相手「ご飯にはサツマイモが入っていたし、麦はいっぱい入っていて上のほうは麦だらけだったしね。田んぼに水が入るころにはザリガニを取ってきて湯がいて油いためで食べたり、タニシを取ってきて味噌炒めで食べたり、夏には蜆をとってきて食べたり、稲刈りのころにはイナゴを取ってきて油いためなどをして食べたりしたよ。また蜆は学級費を作るためにみんなで川でとって町まで売りにいったこともあった」

「そう。家ではどんな手伝いをしたのかな?」

相手「小学校のころは庭はきをしたり、廊下の拭き掃除をしたり、少しは農作業の手伝いもしたかな。」

「たとへば?」

相手「歳が下のほうだったからあんまりしなかったんだけど、稲刈りも少しはしたし、田植えもしたし、草むしりとか、もしたよね。冬には遊びながら枯れ木を集めてきて風呂(五右衛門風呂)のまきにしていたよ」

「手伝いながら遊んでいたんだね」

「そうです。手伝いがそんな苦痛に思わなかった。11月ころにはむしろに干したもみをたたんで取り込んだり、その敷き藁を集めたりしたよ。その後歌を歌いながらもぐらたたきもしたよ」

「へー」

わらに火をつけて庭を一回り追い回されたこと

相手「夕方には飛んでいるこうもりをめがけてわらぞうりを投げるんだよ。そうするとこうもりがぞうりにつられて降りてくるんだ。だけど絶対捕まえることはできなかったね。」「男の子も女の子もなかったね。家の庭先には友達が集まってきて、べえごもをしたり、こま回しをしたり、羽根突きをしたりして遊んだね。」

相手「ある冬の寒い朝、学校へ行く途中池があって、氷が張ってだんだ。その氷の上に載って遊んでいたら落ちてしまってね。びっしょりになったのであわてて家に帰ったらおばあちゃんがいて、わらに火をつけて庭を一回り追い回されたよ。何かのおまじないとは聞いていたけど、何のおまじないかは忘れたけどね。」

「君の子供時代は豊だったんだね。」

相手「とんでもない。みんな貧乏だったよ。三世代の大家族だったからね。」

「違う違う。食い物の話じゃない。家族に囲まれ、友達に囲まれ自然度が高いところで子供が素直に育って、心豊に育っている感じだなぁー。都会育ちの僕にはうらやましいよ」

 そのとき団地内の拡声器から市の放送で「良い子の皆さん、もうすぐ4時15分です。おうちに帰りましょう」との大音響が聞こえてきた。

「僕の子ども時代は5時ころはまだ遊びほろけていたよ。親がご飯だよとよびに来るまで遊んでいたものだ。子供はもう外にはいないよ。防犯パトロールで毎月1~2回団地内を回っているがほとんど子供が遊んでいるところに出会わない。道路は危ないから遊ぶなといわれ、一二の幼稚公園からは小中学生はしめだされ。下校時は一直線に家までかえる。

「私たちの時代60年前)は自然の中で仲間と遊んだ最後の世代?。」

「息子が子供の時と今の孫はどうだろうね」

相手「子供たちが小学校のころはまだ塾もなく、よく遊んでいたよ。学校から帰ると友達が”遊ぼう”といってきてたしね。夏は早く起きてクワガタとりに行ったしね。孫たちはどうだろう。宿題がないときは学校で遊びの約束をしたりして帰ってくるけど、結構毎日宿題があるみたいだしね。この間まごのうちに行ったときは冬は日が短いからあまり遊べないみたいだった。4時くらいまで学校でクラブ活動もあるみたいだしね。日曜日は地域のサッカークラブ。でも息子がいるところは田舎だからあまり塾にいっている子もいないみたいだし、まだいいほうね」

「子供たちにはゆとりがないんだね、」

相手「どうしてそうなったのかしらね?」

「ともに遊び、ともに学ぶような学校ではなく選別 仕分けのためのテスト付け教育が原因だろうね。背後に勝ち組負け組み競争を進めるに競争社会がある。一人一人の個性を生かす教育でなく画一教育の成果を偏差値で輪切りにする。結果学校の格差が生まれ小学時代子供同士もその親同士も仲良しだったのに絵にいえぬ反目が始まる。この地域でやりきれない親同士の関係もきこえるね。」

相手「そうとばかりいえないけど、わかる。わかる。それに家の中での電子ゲーム。ひとりぽっちの遊び方。嫁は一日30分以内と子供に守らせている。孫たちも守っているそうよ」

「子供までが 消費者になってしまった。そういう環境におかれてしまった。それも原因だろうね。インターネットから孫引きできても自分の言葉でレポートできない。発言もできない。 大学に六年間お世話になった時の実感だなー。少年の時からの習慣になってしまった」

「でもね。悲観ばかりじゃない。子供も青年も体験のよい機会に恵まれさえすれば 堰を切ったように成長する特徴があるからね。だから子供も青年も希望だし未来といえる。この間ね、小学校二年の時から高校まで不登校で今大学で福祉を学んでいる青年の話を聞く機会があった。我が意を得た。だから古希を迎えた私たちも 「 今の子供は」ーーなんていうのだめだね、次の世代は私たちの世代の生き方をみている。なーんちゃってかっこいいことをいって。でも本心だよね」

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