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2009年11月

千葉の紅葉  イロハ山 見事な千秋楽 

20091127_093  20091127_119  忙中忙の貴方に  千葉の紅葉のおすそ分け20091127_091 20091127_107 20091127_102

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レッテルレッテル張り(その2)

さてレッテルにこんなものがある。 私が 物心ついたころ日本ではキリスト教信者には「ヤソ」の呼称レッテルが張られていた。私の父方のおじは教育者だったがキリスト教に帰依し教頭をやめて信仰の道に入ったと母に聞いたことがある。でも親類縁者のなかでは類が身に及ぶのを避けるためかどうかは知らないが彼のことを話題にすることはあまりなかったようだ。戦争中困窮のなかでなくなったと後から聞いた。母はいい人だったと教えてくれた。戦中母は私の手を引いて貧民くつのようなところにつれて行ってくれたことがある。キリスト教信者のなかには社会的迫害を受けたものもおられた。これを知ったのは高校に入ってからである。

私が幼いころ日本人は中国の人を「チャンコロ」朝鮮の方を『鮮人』『半島人」呼ばわりしていた。ロシアの人には『ロスケ」 アメリカ人は『鬼畜」であった。

私は小学校(国民学校)に入学早々『学芸会』にクラスから代表で出されたことがあった。桃太郎が鬼が島の鬼畜(米英人)を退治する演劇であった。赤鬼青鬼のアメリカ人の頭には2本の角が生えていた。

私は本当にアメリカ人の頭には2本の角が生えているとおもい込まされていた。鬼ならやっつけるべきで  会場には「国威宣耀」と大書されていた

相手をさげずむ外国人に張られたこのようなレッテルは 日本(天皇をいただく日いづる国)が中心であるという思想を 国民に 徹底することに役立った。。それに疑問をはさむもの、都合の悪いものには「アカ」のレッテルが容赦なく貼られた。

考えてみると私は  其の当時  中国人にも朝鮮人にもアメリカ人にもアカにもあったことも見たこともなかった。なのに外国人とは人間以下であるというレッテルを信じ込まされてしまった。アカノレッテルで恐ろしいことではあると思い込ませれた。政府に都合が悪いことを言う人にアカのレッテルを貼ればいいのである。鬼畜であれば人間でないので殺してもいいわけである。

この手法は 何も日本ばかりではなかった。 21世紀イラクに侵攻したアメリカの兵士はイラン人を 「砂漠の猿」と蔑称で呼んでいる。グーグス。

日本人にはジャップ  溝鼠の語感があるという。  かって60年前まで日本が米英を鬼畜  中国人を「チャンコロと読んだ。レッテル張りが国家社会次元で進められるとき共通項は「戦争」と見てよいのではないか。

   

   

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レッテルとレッテル張り   その1

レッテルとレッテル張り

お前ボケちょるとちゃうか”

仲のよい年来の友達から面と向かって言われたら仲のいい証拠だし

“君ほどではないがね”とかわし 其のこと(ボケ気味の具体的中身)でおたがいに大いに笑い合うことが出来るというもの。

もともとレッテルは商品を作るところが 其の商品にはる商標のことですが、世でいうレッテル張りは一方的に評価を下すわけで  事実と合ってないままに通用していくと変なことになる。

「ボケのレッテル」確かに加齢とともに小生も幾分自覚症状があり自ら口にするから始末が悪い。

だけど世の中では老人一般にボケを冠にして「ぼけ老人」といい「キモイ」とか「くさい」に及んでくるともう『ぞっとする』。

子供とお年寄りが接する機会がすくない中で 子供の心に「キモイ」とか「くさい」のかのイメージが刻印されないように願うばかりだ。

杞憂かもしれないが 口も手足も不自由になった人を病院に見舞ったとき ベッドかはなれたところではあったか 近くで家人が「このひともうぼけたの、こうこうこんなに」とかたっているのに出くわしたことがあった。子供もそばにいた。病人は口は利けないが耳が聞こえるかもしれない。こうなると人権侵害であるまいか。私の杞憂であればいいのだが。 

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子供にはどんぐり  大人にはホタル

年4回の近くの小学校の自然観察  4年生11人を受け持った。2009111_011 2009111_009  一方ホタル生息地の整備に汗を出した。いずれも自然同好会会員として  ホタル愛好会のメンバーの一人として参加した。

2009111_013四街道 自然同好会と同じ団地の住民20人は

草を刈り水路をつくり  ホタルの幼虫が

やがてさなぎになり 7-8月の平家ホタル

のおでましをまつ。

不安もある。背景地の森がいつまで健全か。

水はかれることがないか。

耕作放置田になり農薬の心配はないが

やはり田んぼに舞うホタルをみたい。

雑草がはびこり水を吸い込見ホタルが生息ちを失うむことがないように  もくもくくさをかりはこぶ。

20091147_007 外で遊ぶ子供が森や里からきえ 公園や 道路で遊ぶコモ少なくなった。子供もしめ出されている。でも秋はいっぱい木の実がみをむすぶ。

ピラカンサーだよ。たべられるよーと私が食べてみると、子供たちがどっと寄ってくる。昔とちっともかわりない。

ちがったかたちのどんぐり5つ拾おう

クヌギ こなら  すだじい あかがし

など拾ってきて こま回しに興ずる4年生。

真剣なめつき。。子供は自然が本来好き

子供を身近な

          自然で遊ばせよう。                  

  子供は古来自然と遊ぶことで

20091147_004

人になっていく

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シカト、バカ、あだな ニックネム

シカト、バカ、あだな 

シカト

A「シカトする。何?」

B「いわれもなく相手を無視することでしょう」

僕「意味はそうですね。由来は花札遊びの紅葉の札に、鹿が後ろ向いて知らん振りしていることから来たのだそうだ」

A「へー、シカト覚えました」

馬鹿

僕「馬鹿の由来は?」

A「馬と鹿はそもそも馬鹿だから」

B「でも馬は利口というじゃないか」

僕「僕もそう思っていた。しかし違うんだ。梵語のmoha(慕何)からきたとか。馬鹿は当て字だそうだよ。私も貴方も間違った解釈をしてきたバーカ」

A「へー。馬と鹿に申し訳なかったなぁ。今度あったら謝っておこう。Hさん。僕らに馬鹿呼ばわりはないでしょう。せいぜいmoha(慕何)といってください」

渾名  あだな

僕「前にも触れたが、いいあだ名と悪いあだ名があるね。僕は小学校のときズーッとガムだった。」

A,B「チューインガムのガムかい?」

僕「そうだよ。今では歯茎を丈夫にするためガムが流行っている」

A「じゃあ、いいあだ名だ」

僕「違う、違う。僕が小学校に入りたてのころ、アメリカ軍が機関銃をすえたジープで進駐して来た。わが家の近くでも子供たちにガムを撒いたのだ。甘いものに飢えた子供らは『ハロー、ハロー、チューインガム』『ギブミー』とか言って、ジープを追いかけたのだ。僕の名はハルオ。ハルオがハロー、ハローになり、チューインガムのあだ名になったわけだ」

僕「悪がきにほっぺたをつねられて伸ばされ、ガムガムってはやし立てられたときもあった。・いやだったなー・・でも、そんな仲間には罪はないよね」

A,B「でも考えると侮蔑だよね」

僕「そう。”物貰い“だからね。ひくつ。日本の子供たちも物貰いにさせた戦争を起こしたのは誰だったのだ。日本人慰撫のためチョコレートをばら撒く米軍だった。それを追いかけようとしたら父親にこっびどく怒られてしまった。大人の世界には矜持があった。親たちの気持ちは忍びなかったにちがいない。」

「もちろん愛称はとてもいい。親しみがこもったニックネームはいいね。僕の愛称は孫の占有」

以下の写真は私の渾名にちなんで四街道在住の仙台関係者からお借りした当時の情景です

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