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朝の散歩

生家を離れて早50年たちました。家の周りに故郷につながる「なにやらゆかし~」を求めて散歩するコトがあります。今朝もそうでした。
とはいっても 童謡にあるような「春の小川はサラサラゆくよ^」の小川は「3面コンクリート張り水路や暗渠」で生き物はわずかいるだけになっています。とてもじゃないがサラサラゆくよのメロディーとほど遠い。
「あれ鈴虫が鳴いている~」の「なく虫」は散歩した野辺では聞くことはできず、聞くとすれば「虫かご」の中。
あぜの虫たちはどこにいったことやら。057
22日朝6時から約1時間稲刈り入れすんだ田んぼ周辺をふくめて歩いたが、「トンボ1羽」に「蝶々3羽」だけでした。イナゴは皆無でした。そういえば案山子は久しくお目にかからなくなってしまった。虫がいなければ鳥もいなくなって当然。案山子はもうむよう。お払い箱。
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早朝だから虫たちはお休み中?いやもういないのかもしれない。とあきらめかけた、その時に『スズメ」がわんさとにげさり、空高く「ツバメ』がすいすいとんでいる。したたかにもスズメは少なくなった虫や落穂を探して飛び回っているらしい。
一茶の時代から変わらないスズメに「ほっ」とする。。しかしすばしこい。そこのけ、そこのけと注意したくなる逃げないスズメはもういないのかもしれない。スズメも人様同様せち辛い時代にいきているのか。
しかし野辺と家の庭に咲く『花たち』はみごとだ。団地公園のいすで『おしゃべり』夢中のおばあさんに『ほっ!!」とする。朝焼けもまたすばらしい。
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この辺はかって『どじょう」に「メダカ」 時には「なまず」に『うなぎ」がいたと言う。最近なくなられた朝市の農家のSさんが言っていました。今でも少しではあるが土手にせりやすみれ。時期は過ぎたがホタルも命運を保ってはいます。
だからあきらめはまだ早いのはやい知れません。
有名の実験で知っている方には2番煎じですが生まれたてのハツカネズミを「鉄」と「コンクリート」と「木』の同じ形の家で・同じ生育条件で育てたところ23日後の「生存率」は、鉄が41%、コンクリートが6.9%、木が85.1%だったといいます(岩波ブックレット361 千賀裕太郎)。
さて土から排除されてコンクリートに囲まれた都会人の生存 健康ははどうなっていくのか。その点四街道はまだ幸せかも知れません051
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