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2009年3月

子どもは親を選べない  ある人との会話から

<子どもは親を選べない  ある人との会話    僕「やーしばらく、あのときのお子さんどうした?」 S  「もう子ども2人の親になっている」 僕  「へー貴方はもうオバーちゃんなんだ、最も僕も枯葉じじーで孫4人、歳とるのがはやいねー」 078_037_6 S078_007_2 僕  「ところであのとき貴方はよく産んだよね。すごい決断だったよなー今も覚えているよ」 S  「かかっていた医者から、風疹は 奇形児お産の可能性が高い。どうする?といわれた   ときはもう真っ白、涙が止まらなくなって」 僕  「当時沖縄中心に風疹がはやっていたね。貴方もしょうこう熱と間違えられ隔離病院に強制入院になったとのこと。実は直ぐに風疹だとわかって今度は強制退院。偉い目にあったよねー。その直後病院に行ったわけだ。 それで?」 S「N病院に紹介され診察。お医者さんからもうお腹の中ですくすく育っている。健全だが、万が一ということもあるといわれた。その時は神様が貴方なら育てることが出来るって貴方を選んでくれたんだといってくださったの」 僕「それで貴方は産む決意をしたわけだ。うむ決意した女性はつよいなー」   「もしだよ  万万が一だよ  5体健全で生まれなかったとしたら 貴方の人生はかわっていただろうなー」 S 「確かにかわっていただろうね。でも子どもは親を選べません。」 僕 「すごいこというね。貴方のことだから 可愛くって一生懸命そだてたでしょうね。」                    こんな話のあと当時の仲間のことに話が及んだ。 さて「子どもは親を選べない」という言葉に接して少しかんがえてみた。 「子どもはこの親  あの家族  この地域  そこの社会  時代を選んだうまれることない」。つまり傷害のある子も、ない子もどんな子も 家族  地域 を選んで生まれたわけではない。みんな人の子、同じ社会の子どもと言える。ところがたまたま 貧乏な家に生まれたことで学校に行けなかったり、傷害になったりして働けなかった  考えるとなんか変です。ベトちゃんドクちゃんが枯れ葉剤散布地域をわざわざ選んで生まれたわけジャーない(私はかって彼のいたツーズー病院をたずねたことがある)。 お母さんのお腹に聴診器を当てもらい「うまれていいかどうか」私の意志をきいてもらった訳じゃない・ なのに親の肌色  親の経済状態、親の住む地域、親の属する階級階層、住んだ時代の違いで  社会的選別、差別、排除にさらされる。たまたま病原菌の流行で傷害を持って生まれる。それによる社会の選別でなお差別されていく。よわいのは自己責任の名で消されていく。こんな社会や政治がいいわけはない しかし「弱い人の支え合い、弱い人と共に歩む人達の中に本当の人間的な営み、ぬくみがある」という人達が増えてきた。社会的ケヤーに従事する人達だ。今厳しくても21世紀を開く人達だ。 私は71歳 権力をもてあそぶ大中小の人達の姿をを見てきてきました。子どもは社会の宝、子どもは未来、子どもは希望。と実感する人達によって社会は変わっていく。

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陰のお陰  お陰様

陰のお陰

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お陰さまです。

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春は晴   うれしさの感触  

     春は晴  うれしさの感触

    “さくさく”とした霜柱。  

 土をほぐすと水仙の先っちょが顔を出してくる。

    みちのく、生家 庭先 松の木の下 1944年春  

 7かける10の年になった今、春を感じさせるのはなんだろう

  近くの土手から取った“ふきのとう”天ぷら。  

 今春初めてのメダカの泳ぎ。  

 それともウグイスの初鳴き、庭の梅ノ木のメジロ  

 散歩先の花おばさん、彼女の手がける「冬知らず」に

  「つゆききょう」と「ムスタキ」

              といったところでろうか。   

  でも幼いころ感じた春の“うれしさ”その感触にはかないそうにない

    戦後失ったものはしゃきっとした季節感。   

 人工熱に囲われた季節。  加齢のせいもある。

     それでも春は”晴”。今夜44年目の2人の食卓 

           亡き母の味噌  ふきのとうの“味噌”。 2009315_050s_2

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ワイワイフェスタ  おじさん  姉さん  子どもたち

子どもと遊ぶ  地域のおじさん おばさん お姉さん。

去る2月22日  私が暮らす中学校区の3つの小学校の子どもたちと小学校体育館でワイワイフェスタなるものをおこなった。出展団体は31団体。

まずは写真をご覧あれ。

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市域の大人が子どもに楽しい体験を、というふれこみ。餅つき。火起こし。車いす体験。目の見えない人への朗読体験。ゴミクイズ。大工体験。浄水体験。綿菓子作り・さくらそう植え込み。市長自らの割り箸細工伝授。おもちゃの病院、等々。体育舘一杯に繰り広げていた。300人参加の予定だったが600人を超えた賑わいになってしまった。

市が出したお金は15万。殆どもち代金にきえ、補助は1団体雀の涙。しかし600人の笑顔とこの企画を通じてえたものーー仲間などーーーはお金には換えられない。市が場所を保証し 市民がちょっと日頃の腕前を子どもたちさくなら、子どもから喜ばれ じいさんたちは目を細める街づくりも

できる。私も3年前からほんの少しだけの関わりだが実行委員として関わっての実感である。福祉。自然。子ども。音楽。社会奉仕。趣味の団体が1日子どもとあそぶ。そんなことが常設てき設置される児童館は出来ないものだろうか。

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里山の生き別れ

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開発の道路をはさんで左 裸地に  右は緑したたる森と田んぼ

里山の真ん中を裂く開発で谷津田は右と左に泣き別れしています

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下 人間作  産廃銀座  上 人間作里山分断 小欲のため大欲を捨てる愚かさ

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でも地権者の多くも時代の圧力(農業 農村 農家の生業破壊の政治経済)の中の被害者。近代の負の遺産に関心を向けない社会や個人に未来ははくらい。私は絶望気味、。、でもたたかっている人たちがいます。 自分の感性に責任を持って行動している人がいます

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