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いのち  と平和  私の平和観

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「平和」や「原爆」についてふれると、善良な近しいかたもあるいはお世話にっているかたも、親戚の人も「政治的ではないか」「偏っていないか」とといい平和にふれるのを避ける風潮があります。 

 私が幼い頃体験した仙台空襲の惨劇も、広島、長崎の63年前の原爆の残虐も今この時間に展開されるイラクやアフガニスタン、グルジヤの戦争も老若男女を区別して殺しているでしょうか、。思想 信条 イデオロギーの違いを区別したでしょうか。いったいこの子にどんな戦争責任があるでしょうか「社会や国家に対する思想、人生への信条、イデオロギーの違いを超えて人間を死滅に追いやる戦争、核兵器に一致して反対しなければなりません。なぜなら人間が死滅してしまっては、思想 信条 イデオロギーの違いをきそうことだってできなくなります。」(福武直)

私はこう考えます。

福祉に関わるかたも子どもに関わるかたも自然や環境、そして農業に関わるかたもみんな「命を守り育てること」で結びあっています。もし「自然」や福祉に関わる人たちが「平和は目的外」として目前の平和のことをあえて避けルならもったいないことです。「平和と戦争」のことをやるのは政治家ないし政治団体に任せればそれこそ偏よってしまうのではないか、.平和を謳いながら軍備が大切な日本にならないか.私にとって平和とは孫のことです。

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この写真は、昭和20年8月29日に長崎の原爆被災地において、アメリカ海兵隊従軍のカメラマン、ジョー・オダネル氏によって撮影されたものである。

亡骸を背負う少年 この少年は死んだ弟を背負って仮の火葬場へやってきた。直立不動の姿勢で歯を食いしばり、涙も出さないで。やがて少年は帯を解いて弟の亡骸を燃えさかる火の上に置くと、直立不動の姿勢のまま回れ右をして立ち去った。                           

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