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石に刻む言葉

石に刻む言葉

    と心に刻む言葉

 毎週決まった日に連れの診察の待ち時間、病院の周りを散歩している。今日がその日。大きな総合病院の周りに数軒の薬局があり、その先に売り出し中の霊園がある。何気なくふらりと入ってみた。既に鬼籍にはいった方のお墓と共にこれからを待つ区画された売り出し中の墓がきれいにならんでいた。

 墓石には既に「愛」とか「やすらぎ」とか「和」などの言葉が刻まれていた。説明員がちかよってきた。「お墓もかわったねー」と聞くと「最近は“和”を求める方が多くなっています」。

 その人の生前の信条とかメッセージを墓標に残すのは別に悪いわけではないではない。家名を誇るような「○○家」の墓石のオンパレードのやや暗いイメージよりむしろ好感が持てる。でもねー 私の場合「信条とかメッセイジ」まで人が決めたものをあらかじめ刻まれた墓石で人目にさらすなんてあまり気持ちいいものではないと思えた。私なら「元気かい」とか「やっ」とか「よっ」とか思いつくが、よく考えて自分で練ってみたい気もする。

 ついで「お幾らですか?」ときいてみた。この墓1式うん万円、永代供養料、管理費等々バカにならない金額であった。我が子孫に負担能力ありや。生前に求める人が多くなっている理由もこの辺にあると思えた。郷里の○○家の墓に入るよりも近場に作り容易に孫子にきてもらいたいと言う理由もあるかもしれない。

 ついでに聞いてみた。「この石はどこのものですか?」「中国からです」。

「えつ墓石も外国産ですか」あの重い石を運ぶのに石油をどのくらい使うのか、CO2の排出はどうか、などと経済外的疑問はこの際ヤボというものか。野菜も39%は既に“外国からの輸入”の時代。中華餃子に加え墓石の中国輸入でも何ら不思議ではない。園芸が米を上回ル生産を誇ってきた千葉県でも地産地食のシステムはとうに破壊されている。

 

 私もお迎えが近いとみえたのか墓地紹介のパンフを出口のところでわたされた。それを小脇に抱え100メートルぐらい行くとまた造成中の霊園にぶつかった。需要が多くなっているのだろう。  

病院に戻ると専用のバスから歳を召した方々が続々おりたっていた。評判のよい総合病院だからか駐車場は既に満杯。朝受付3番で来たせいか連れはもう診察を終えまっていた。

 

帰りの車中「墓どうする?」今まで口にしなかったことを言ってしまった。「どちらかの親の墓に入るならタダでいいぞ」「無縁墓地はどうかな」S70321_041 「集合墓地もあるな」「海に散骨はどうかな」「庭先はどうかな」連れ合いも同意見であった。いずれにしても墓地販売者にとってイイ客ではなさそうだ。S70321_043_2

墓石に刻む言葉もあってもイイが  心に刻める言葉(ことだま)がいい。誰にも

先人から言葉(ことだま  言魂)を授かっている。S07032526_082

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