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2008年7月

石に刻む言葉

石に刻む言葉

    と心に刻む言葉

 毎週決まった日に連れの診察の待ち時間、病院の周りを散歩している。今日がその日。大きな総合病院の周りに数軒の薬局があり、その先に売り出し中の霊園がある。何気なくふらりと入ってみた。既に鬼籍にはいった方のお墓と共にこれからを待つ区画された売り出し中の墓がきれいにならんでいた。

 墓石には既に「愛」とか「やすらぎ」とか「和」などの言葉が刻まれていた。説明員がちかよってきた。「お墓もかわったねー」と聞くと「最近は“和”を求める方が多くなっています」。

 その人の生前の信条とかメッセージを墓標に残すのは別に悪いわけではないではない。家名を誇るような「○○家」の墓石のオンパレードのやや暗いイメージよりむしろ好感が持てる。でもねー 私の場合「信条とかメッセイジ」まで人が決めたものをあらかじめ刻まれた墓石で人目にさらすなんてあまり気持ちいいものではないと思えた。私なら「元気かい」とか「やっ」とか「よっ」とか思いつくが、よく考えて自分で練ってみたい気もする。

 ついで「お幾らですか?」ときいてみた。この墓1式うん万円、永代供養料、管理費等々バカにならない金額であった。我が子孫に負担能力ありや。生前に求める人が多くなっている理由もこの辺にあると思えた。郷里の○○家の墓に入るよりも近場に作り容易に孫子にきてもらいたいと言う理由もあるかもしれない。

 ついでに聞いてみた。「この石はどこのものですか?」「中国からです」。

「えつ墓石も外国産ですか」あの重い石を運ぶのに石油をどのくらい使うのか、CO2の排出はどうか、などと経済外的疑問はこの際ヤボというものか。野菜も39%は既に“外国からの輸入”の時代。中華餃子に加え墓石の中国輸入でも何ら不思議ではない。園芸が米を上回ル生産を誇ってきた千葉県でも地産地食のシステムはとうに破壊されている。

 

 私もお迎えが近いとみえたのか墓地紹介のパンフを出口のところでわたされた。それを小脇に抱え100メートルぐらい行くとまた造成中の霊園にぶつかった。需要が多くなっているのだろう。  

病院に戻ると専用のバスから歳を召した方々が続々おりたっていた。評判のよい総合病院だからか駐車場は既に満杯。朝受付3番で来たせいか連れはもう診察を終えまっていた。

 

帰りの車中「墓どうする?」今まで口にしなかったことを言ってしまった。「どちらかの親の墓に入るならタダでいいぞ」「無縁墓地はどうかな」S70321_041 「集合墓地もあるな」「海に散骨はどうかな」「庭先はどうかな」連れ合いも同意見であった。いずれにしても墓地販売者にとってイイ客ではなさそうだ。S70321_043_2

墓石に刻む言葉もあってもイイが  心に刻める言葉(ことだま)がいい。誰にも

先人から言葉(ことだま  言魂)を授かっている。S07032526_082

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ホッホッホータルコイ・・・四街道 の 蛍 

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ホッホッホータルコイ・・・

四街道 の 蛍 

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ホタルが出たぞーと言う仲間のメールの報から1ヶ月過ぎ、やっとこの1両日ホタルたちと対面することができた。その感激をメールで何人かに知らせると、翌朝早速電話がかかってきた。今夜10人ぐらい子どもを連れて行くので「案内してほしい」と。

Ilm02_bc09006 7時半 我が住宅外れのホタル数市内随一のところで待っているとなんと車10台に分乗した親子たちがあらわれた。今はやりの言葉で言えばその多さは「予想外」。早速ホタル生息地に案内した。「イタヨ イタイタ」「見てみてみて」一斉に歓声があがった。

子どもたちにとって初めてみる蛍。初めて親子で見る蛍。表情は見えないが 弾んだざわつきから想像は出来る。その心は「蚊帳の中に入れて遊んだ」私の幼い時ときっと同じに違いない。

5~6尾とってきて観察に及んだ。つたない私の説明に「ちっちゃな女の子」を皮切りに小さな声で質問が次々に。中には袖 イヤ手をひっぱって聞いてくる子もいた。

「 どうして光るの?」

「どうして夏だけ光るの?」

「求愛ってなあに?」ピカピカの説明で私が求愛と言う言葉をつかったからか

「なにたべてるの?」

[どこから来るの?」

「卵はどこにあるの?」

「土の中にいる幼虫はなにしているの?」等々

親からは

「どうしてヘイケホタルっていうのですか」

「ゲンジホタルは四街道にいないのですか」

子どもたちの質問は「簡潔」で 要を得ている。トンボのお尻に藁を刺してとばして遊んだ私らの子どもの時はこのような疑問を持っただろうか。持ったとしても質問出来ただろうか。今のほうが親子も先生と子どもも気軽に話が出来る環境にある。だから質問できるのではないか。

それともこのグループに特にセンスがあるからだろうか。

年寄りが感傷的に昔に浸って「昔はね」などと定型にいえない。私の幼い頃よりも遙かに進んでいると子どもたちとみた。

40分見てから駐車したところで最後に集まった。

来年またホタルみたい人は?」と投げかけると「みたいみたい」「きたい、きたい、きたいー」と

一斉にこえがあがった。

「四街道には7カ所もあるんだよ」「自然同好会と言ってね、おじさん、おばさんたちが手分けして調査している。そういうところも 回るとイイよ。 風のない日  雨がない暑い日はいっぱいホタルがでるよ。じゃあーまたね」

ところで そうはいったものの 子どもたちに私たち大人が

「安心しろ四街道のホタルがいつまでも出るから」と胸張っていえるだろうか。約束出来るだろうか。Ks09_31

四街道を覆う開発は同時に水 空気を汚し  土壌を壊してきた。

ホタルが嫌いな「水の汚れ」を起こす塵、雑排水。「人工の光」住宅街路の光。そしてホタルの住処の開発などである。

ホタル生息に不可欠な「365日24時間の湿地の保証」そのための「背景地 傾斜地の雑木林、斜面、枯葉の存在」などは乱開発が壊してきた。物井のホタル生息地は道路建設でなくなった開発で多様性が壊れホタルを始め多くの個を大切にすることなく進んだ。(物井ではところを変えてではじめているが。)

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時代は開発オンリーの時代から  開発と自然(生物多様性)のバランスが叫ばれるようになった。しかしこのバランス論も結局は開発の隠れ蓑だと言うことが明らかになり、生物多様性価値観に基Ks09_06 づく持続可能な社会づくりこそが将来への唯一の未来への選択枝だと言われはじめている。

「身近なところの自然を大切する」メダカの会など心ある市民の地味な取り組みが20年来つづいている。S07122_107 S07122_119 

四街道の将来はこの延長線上にあるのではないだろうか。まだ「大丈夫だ蛍はいつまでも出るよ」と胸張ってはいえないけれども

「蛍はどうして光るの?」と興味、好奇心を持つ子供が絶えない限り未来に期待できるとは思Ilm02_bc09005 いたい。

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赤ちゃんのように、とは行かないまでも。

赤ちゃんのように、とは行かないまでも。

11回は素直になる事が出来ればいい人生になるかも。

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 毎月積み立てたお金で年何回か観劇してきた。昨夜はその日だった。テアテルエコーのRoom SerVise、という2時間を超える喜劇。大いに笑った。

時代背景は

1929年世界恐慌、失業者は巷にあふれ職のない芝居関係者も大いに困っていた。笑いは、 ホテルの中で腹を空かした劇作家や俳優の取りなす健気な一生懸命さの中から起きる。ちぐはぐさが笑いを呼ぶのだが演じるテアトルの芝居を堪能することになった。事情で外に出ることが少なくなっていたときだけにすかっとした。喜劇はイイ。ほんとにいい。

時に小林多喜二の蟹工船が若者にもてはやされる今の日本。みんなが困り始めている。庶民の困ったときのまじめな営みが笑いを呼ぶのなら、語弊はあるが「困る」のも捨てたものではない。そこに人としての支え合いがあるかぎり。

「井上ひさし」がかってわたしがいた職場に見えたとき、芝居の良さは「芝居がはねてからのお客さんの表情を見ればわかる」「赤ちゃんに戻ったときのように素直ないい顔がある」作者冥利といいたげだった。そういえば古典落語の世界についても同じことがいえる。市の図書館から毎週落語のDVD2本借りてから4ヶ月たつが長屋の話には困ったときの噺がおおいのに気づいた。

その2  お散歩

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昨日の午後こんな場面にであいました。重い障害をもつ若い彼は車いすで10日ぶりのお散歩。外に出がけに車いすのテーブルを厚手の手袋をはめた両手で打ち付けるようにたたいてのはしゃぎよう。

1時間ほどあつい日差しを避けながら木陰に沿って近くの公園を仲間と回りました。同行の他の四台も口はきけないが終始にこやかでのる方もひく方も素直な穏やかな表情をしていました。なんか素直さをわたしがもらった感じです。ひごろ時にトゲトゲしたりイライラしたりする生身のわたしにとってすごい「贈り物」となりました。駐車場のわたしの車の中に人を待たせての お散歩ボランティアでしたが待ち人に 待ち時間中の お散歩の様子を話すと合点したようでした。

とはあれわたしみたいな人間にとって 素直な人と会うことがいいのかもしれません。2008715_17_048

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2年前草ぼうぼう 今花盛り

。花と心でつながって

  私が住む住宅地の小学校庭に面したメイン道路の両端は草ぼうぼうだった。ポイ捨て

塵も、犬のうんちも 。373  自治会の活性化委員会( つながって元気に、あかるく)の発案で

花好きの委員 と有志が  さわやかーなクラブ をつくって 作業を買っ

て出て花を植え始めた。それぞれに担当地域を持って。

耕して土を起こしたり  種から花にそだてる上での  日常的に年柄年中、草刈り、水や

り 、しかも四季ごとに特徴持たせる 十四・五人の人たちには頭が下がる。中心になっ

ている人らの花や植物の知識もすごいものがある。

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こうした努力の中で花壇に生まれ変わった

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この道路は市の管理下Kadann11 にあるが  従来年に数回草を刈る程度だった。

行政の仕事としては普通なのかもしれない。

花を植えることが仮にあったにしても業者に下請けが関の山と思える。

ところが住民から見れば  ここは小学生が通い 親たちにとっては生活

道路だ。生活や街は横の営み。お金にかえられないもの(人のつながり)を生み出す。金

に換算すれば途方もない金額になるだろう。この世の中 横のエネルギーをつかわわないともったいない。

朝早くから水遣りなどしている方々に住民の一人としても  感謝。

連れ合いはともかく 私はちょっぴりしか  関わっているに過ぎない。ここを通るのがたのしい。感謝。

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悩める男

悩める男

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写真1の右 頭を抱えた男に

 「何を悩んでいるの?」

頭を抱えた男「いろいろとね」

  「いまは?」

頭を抱えた男「言わせるきかよ、男には秘密というものがある」

 「言っちゃえば、すっきりするよ」

頭を抱えた男「笑うなよ。ーーーーてっぺんハーゲンが広がっているんだ、

もうどうしようもない。それ笑っている」

 「今に始まったことじゃないのに」 

声にならない内声   バカ、本当は頭のじゃなくて気(ケ)なのに。毛も含んだ体力 気力  命のなんだが。 これを言うとごちゃごちゃ言わなくちゃないし、簡単にいえたものではない。どだい当人もわかちゃいないのでこう答えたまで

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写真1の左2羅漢さんように「にがめし顔」や「怒った顔」でいくのかなー

この世の中では「顔をゆがめ」たり「怒りを覚える」ことが増え続けている。当分つづくとみたほうがいいようです。

 今日のテレビには漁民四満船の一斉休魚の報が映し出されていました。投機による石油の値上げで漁業が成り立たなくなった漁民の怒りの顔 顔 顔でした。怒りの顔の連帶は当然です。当然です。

一方ー近くにいる人たちと一緒なら

 2008716_5 写真2のような  目を細めたり  心は恵比寿さんのようにもなるから不思議です。

誰だっていつもこうありたいのが本心ですね。

羅漢とは「仏になる前の生身の人間仏」だそうだ。きわめて人間的で、おこったり、泣いたり、居眠りしたり、おしゃべりしたり、笑いあったり、喜んだりと  普段や日頃を楽しんでいらしゃる。

昔の人の暮らしの願いや  今風に言えば生活感、人生観がみえてくる。よく行く川越や 鋸山そして吉見や飯能などの五百羅漢をみるとその中に知っている顔がかならずおられ、その人の仕草や表情まで浮かびなんかうれしくなります。

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  写真3をごらんください

こんな感じはどうでしょうか、

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しかし一挙にそうはなりそうもない。写真4のように

よく聴いて、 穏やかに話し立ち居振る舞いが出来るような鍛錬を経て 初めてなれる境地でしょう。

だとすると僕にはとうてい無理か。やはり悩める男にとどまるか、ボーとしてしまうか、その中間か、早くオシャカになるかの選択しかないようです。

         ――そうじでみつかった写真を見ながらーー

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外に出られない苦痛

目の手術が 当初の目的を外れ2ヶ月後の再手術までしばし行動が制約され

当分家に禁足になった人とのおしゃべり。

  手術の前日S20086623_024の佐倉城址公園

私  「今日で12日目だね。何がイチバンの苦痛?」

A  「そうね、1日がながいこと。時間が過ぎない苦痛」

私  「今までの言いぐさと違うね。時間のたつのが早いといつも言っていたじゃないか」

A  「目のうっとうしさが大夫ひいてきたけど今はすることがない苦痛が苦痛になって」

  「たまに何もしないで休む日がほしいと言っていたじゃないか」

A  「でもこうも何も出来ない、その方が遙かに苦痛よ、こんな苦痛があるとは思わなかった。なにも出来ない苦痛のイライラ、おなかが変調」

私 「  音楽でも聴けば、ラジオもいい番組えらんでやるよ。何か本や新聞  よもうか」

A  「貴方の声は大きくてだめ。何をするのも 目が疲れて(片目は視力落ちたが見える、)根気が続かない」

私 「お散歩解禁はいつだっけ」

A 「来週医者に確かめてから、ああ外に出たい。このままぶらぶらしていたら体がなまってしまうと言う不安がある」

          と言って家事を始めた。

彼女はまだ片目が見える。再手術まで片目が変調なだけだ。だがこういう機会にめぐりあってみて  障害者の気持ちを幾分でも知る糸口をみた思いがする。おそらく来週から外にどんどん出始めるだろう。しばらくボランチアはおあずけだが。  

 普段の暮らしで 何かをするからこそ人間であることが痛いほどわかるおしゃべりだった

   じんかん 人と人との間に いろんな関係があってこそ人間になれる。とはお釈迦様かイエスか  哲学者か誰か偉い人が言ったと言うが、どんな境遇になろうと「じんかん」でありたいものです。  

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歳とっていいことは  自分のこと

歳とっていいこと 

過去の行きがかりやしがらみにだんだんとらわれなくなるようです。

ナイーブでプリミティブなものに目がいく。子供が可愛いい。自然がきれい。人の人の善意の交歓やぬくもりにやけに惹かれます。でもこれだと単なる好々爺ですね。

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しかしまだ好々爺に的的的的がいっぱいついている段階で好々爺的的的が今の段階か。これからだんだん人並みにがとれて行って文字通り好々爺になっていくのかもしれませんが。お陀仏がまつ事になります。

一方的的的がついているお陰か非人間的なものに一層怒りを覚えるようになるようです

仕事をやめ暮らしを地域でみるようになったせいか、若い人より過去の見聞が多少おおいせいか、少し余裕が出来たせいか自分もその中で生きて関わってきた過去社会がもたらしている経済主義ないし競争至上の非人間的側面に素直に気づくことが出来ます。

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「物から命へ」「物自体から命のため物の活へ」のパラダイムの転換が求められる時代。もうすぐ人口の4割の高齢者時代。未来の世代、未来の高齢者のためにもちっとはまじめに。でもねー「ごまめの歯ぎしり」になるかもしれないし、「犬の遠吠え」的にもなり得ます。気をつけなければならなりません。歳に相応しい あり方はないものか  見つけたいものです。

                貴方は?S200867_033_2

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