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実にふるさととは仲間との「遊び場」だった

   泣きたくなるようなきれいな山川木々 自然まちなみ景観  人の温さ ふるさと景観の喪失は 単なるわびしさをこえる。幼い頃なじんだ友達や町並み、道 木々緑の風景は その後の人生のあり方になにがしかの糧になっているようである。世の中ではこれを原風景と言うらしい。

病床の兄とも 同行したよたよた歩きの姉や兄 休暇をとってアッシー君を引き受けた甥や姪たちとおしゃべりで改めて気づいたことであった。水浴びした川(今は遊泳禁止)でのこと 空襲に遭って逃げまどったときのこと、疎開先のこと、学生時代デモに参加した事(学生は当時一人残らず参加したものだが)が隣近所や親族に伝わり周りからたしなめる視線にあったときのこと、等々このときの会話は一冊の本にも出来る分量があった。

アッシー君をわずらわせて郊外にも出てみた。泣きたくなるようなきれいな山川自然まちなみの片鱗が目にはいった。あそこでああしてこうして遊んだ事、その中には必ずと言って良いほど仲間がいた。

道中の一泊は学生時代の友人たちとであった。当時を種にして今のことの語らいとなった。同時代を生きてきたもの共通項―理不尽への怒りや少数の弱いものへの共感―で思わず肩を抱き握手したりだった。その立場で学究や実践の半生を送って来た仲間もおおい。(  写真)

ふるさとは  「命の輝き」をつないでいることを否応なく示してくれた。一方ふるさとの喪失は人々を「土の景観」から離し「浮遊状態」に否応なくおいこむようである。10年前6500人の命を一瞬にして飲み込んだ阪神淡路震災の現地を幾度となく訪ねた。家や町並みが破壊され仮説住宅にうつった人たちわけても老人たちは地震のショックとなじんだ景色や人々から切り離されて浮遊状態になり徘徊し中には死に至るひともいた。新設の公営住宅にはいって続いたと聞いた。

この時以来  日本に起きる諸問題(社会病理)の根っこにふるさと喪失があると思うようになった。この国では富国を掲げた華やかな近代化の陰で地域から離れた生活がつづいてきた。遠距離通勤で地域は寐倉にかわり子供は鍵っ子ないし事実上{母子家庭}となってひさしい。子供たちは身近な地域の自然)の中で遊ぶことで人間に育っていくという。(脳の研究者からきいたことがある。その意味で我が家の近くに鳴く虫はー子供たちの永遠の友達―と言って鳴く虫を大切に育て子供たちを引き込んでいる人がいる。素晴らしいと思う)。

しかし事態は一層逆に進んでいる。子供たちは地域の友達から切り裂かれたところの進学校を目指し、勝ち組を含めて「落ちこぼれー実はおとしこぼされたのだが」が待っている。いろいろ理屈めいたことをかいてしまったようだ。 実にふるさととは仲間との「遊び場」だった。遊びながら興味ややる気をはぐくむ場であった。こうも時代が土から離れてしまっている中では 今いるところが「ふるさと」になるようにお年寄りも含め、子供がかわいいと思うすべての人が協力することが大切だとおもった。これ以外に未来はこないのではないか。

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