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生まれて初めての座り込み。

生まれて初めての座り込み。 生まれて初めて被爆者の厚労省前座り込みに参加しました6月2,3,4  10,11,12日の6日  のうちわたしは3回。じっとしておれなかったからです。 12日雨の中たまたま隣に座り込んでいた被爆者に聴いてみました。 <私「お体はいかがですか?」 Aさん「気温が少しでも上がると頭がたまらなく痛くなりここ10年外には出れません。今日はどうしても国の人にわかってほしくて出てきました」(東京お住まい) 私「原爆症認定申請が却下されたのですね」 (却下を不服として全国305人が全国各地で集団訴訟に踏み切りうち31人の原告が当日座りこんでいました。50人は訴訟後すでに亡くなっています。時間との勝負です。裁判させるこの国の不幸を思いました) Aさん「国が決めた5つの原爆症に入らなといって却下され、一昨年9人の仲間と訴えました。3人はすでになくなりました。私は2回血をはきました」 私「大阪高裁の判決では厚労省基準5つの原爆症に線引きするのは実態に合わないふとうだとして、脳貧血の人など認める判決と聞いていますが」 昨日11日大臣の桝添氏は仙台、大阪高裁の上訴断念を表明する一方、厚労省は10日 15の裁判は継続するとし救済されるのは当裁判に限定し、後は総合判断で個々に検討する事を発表、被爆者の怒りを呼び座りこみが行われました。13の司法判断と政府の執行の乖離、矛盾はこの国が果たして法治国家であるのか、怒りを禁じ得ませんでした。司法判断に沿って改善されるものと思っていた私の不覚。高裁判決に際し被爆者に対し「重く受け止める」との言明はうそだったのか。実行してこそ言える言葉なのに  。 Aさん「放射能は内側から体をむしばんでいく事を身をもっていえるのがひばくしゃです。わかっていただけないのが悔しいです。放射能は恐ろしいです」 ビキニ、チェルノブイリ、イラクでの劣化ウラン弾などですでにわかってきているはずです Aさん「それは生き地獄でした。18歳の時陸軍兵器学校で被爆しました。500メートル先に広島師団射撃訓練場があってそこにいた兵隊はほとんどしんでしまい,6日がかりで焼きました。6年前その地に立つ学校を訪ねましたが校長は戦後生まれで知らないと言っていました。そこが何であり何があったか知りませんでした。」 私は3回の参加の中で多くの方とあい聴きました。国会前まで杖を頼りにゆっくり進むおとしをめした被爆者のデモに加わらせていただきました。挨拶に見えた各政党の議員の話も聞きました。若い弁護士たちの活躍もみました。被爆者はみんな辛酸をなめたことを控えめに話す温厚な方々でした。被爆者は尊敬のまなざしの中で救済されなければなりません。これが私の結論です。そして真の救済とは 被爆者の願いを聞き  核のおぞましさ酷さ 残虐さを知り 核とは共存できない世界のため 思想信条を超えて政治をも動かしていくことです。「その方向が見えたとき被爆者が人間として救済される」。当日終了後帰りの電車の中で語ってくれた千葉県の被爆者の言葉です。みんな考えさせられることばかりでした。来週またまた続きを書きます。

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